その日、美紗はあの首飾りを付けて行った。
悠治にもらったあの首飾り。
友達に「かわいいねー」、「どこで買ったのー」なんて訊かれた。
「おっ、早速付けてんじゃん、ソレ。」
頭をポンと叩かれた。
悠治だった。
美紗の口は動かない。
悠治はそのまま遠ざかっていく。
訊かなきゃ、言わなきゃ・・・。
「悠治っ・・・」
悠治は足を止めた。
『イヌ・ネコ・ウシ・ウマなどの動物は全色盲と言われることがありますが、これは誤りです。しかし、青の波長に対応した網膜錐体細胞と、赤から緑の波長に対応した網膜錐体細胞の2種類しか持っていないため、人間でいう「赤緑色覚異常」と類似した色世界に生きていると考えられています。
「赤緑色覚異常」は色覚異常の中で一番多く、赤と緑の区別が付きにくい色覚異常です。日本人では男性の20人に1人、女性の400人に1人が「赤緑色覚異常」で、日本全体では300万人近く存在します。
また、色覚異常には「青黄色覚異常」というのも存在しますが、非常にまれなものです。強度の「青黄色覚異常」の場合、かすかに緑がかった黄色と青紫色が無彩色に見えます。
さらに、3種類の錐体がすべて欠けていると「全色盲」になります。「全色盲」は、色覚がほとんどなく、色の違いは明暗だけの違いとなります。10万人~20万人に1人といわれます。』
美紗はパソコンの電源を落とした。
“色覚異常”
「でも、美紗、まだそうとは決まったわけじゃないでしょ?黄色とキミドリは色覚に異常がない人でも区別が難しい場合があるじゃない。」
「うん。でも、あのキミドリとこの黄色を間違えるのは・・・。それにね・・・」
板書を取る時、色を決して使わないのは、黒板に書かれた文字の色の区別が出来ないから。
靴下を左右違う色で履いてしまうのも、特に青と緑の区別は困難なのかもしれない。
あのゲームだってそうだ、色の判別が出来ないと遊べない。
おそらく悠治は
「青黄色覚異常」だろう。
「お母さん、やっぱり明日悠治に訊いてみる。」
美紗は首飾りを両手でグッと握り締めた。
「私、悠治にとっても悪い事してたかもしれないから・・・。」
「悠治、この首飾りなんだけどね・・・」
「わかってる。」
悠治は少し悲しそうな表情で振り返った。
「色間違えたか?」
「これね、キミドリじゃないの。」
「そっか・・・何色?黄色かな?」
「わかるの?」
悠治は「あちゃー、迷ったんだよなぁ。」、そう言って天を仰いだ。
「大体ね。でも黄色とキミドリは区別難しいよ、両方とも何つーか薄い灰色みたいだから。それと青と緑だな。」
「靴下・・・」
「そう、区別ねぇよ。」
ハハハと笑い飛ばす悠治だったが、美紗はそんなどころじゃなかった。
「いつからなの?」
「美紗と出会うずっと前だよ。」
ふー、と小さく深呼吸をして悠治は話始めた。
悠治が10歳の頃、彼は交通事故に遭った。
自動車側の信号無視。
青になった横断歩道を自転車で通過中、信号無視した軽自動車が突っ込んできた。
左足の骨折だけで済めばまだよかったのだが、彼は地面に顔面を強打した。
それが原因で両目の視力を失った。
「あの時はどうしようかと思ったよ。目が全く見えないんだぜ。」
その視力の低下は一時的なもので、すぐに回復した。
しかし、悠治は色を失う事になった。
「目に巻いてた包帯取ったらさぁ、なんかおかしいんだよ、前より色が少ないっていうか・・・。」
図工や美術の授業はかなり辛くなった。
絵の具にはかろうじて色の名前が書かれているため、色を間違える事はなかった。
しかし、空や木の微妙な色加減を出すのは困難だった。
「だからさぁ、点描画とか好きだったよ。それと抽象画かな。」
「抽象画?」
「うん、図形を組み合わせた様なのが好きだった。色は単色ベタ塗りでOKだし。相対色わかってれば、なんとなくイイ感じに描けるんじゃないかな?」
授業開始を合図する鐘が鳴った。
「悠治、ごめんね。私、何も知らなかったから・・・」
「・・・。」
「悠治のノートを馬鹿にしたり、ゲームも・・・」
「あぁ、あのゲームは・・・辛いなぁ・・・」
悠治は笑い飛ばしたが、美紗の目には涙が滲み出ていた。
「本当にごめんね。」
そう言って悠治の胸に顔を埋めた。
優しく頭を撫でてやった。