「相変わらず色気のないノートと教科書ねー。」
90分の授業が終わり、グッと伸びをしていると、後頭部にいつもの衝撃を受けた。
幸い、今日は“角”ではない。
美紗の仕業だ。
教科書は頭を叩く・・・、いや、もう言い飽きた。
「うっせーな。」
「見なさい、私のノートを!」
ジャジャーン、と言って美紗は自分のノートを開いて見せた。
「はいはい、相変わらず綺麗な字ですねー。」
「え~?どこ見てんのよ。こうやって色分けした方がテスト前に見直すときに楽でしょ?教科書もさァ・・・」
「どーせ、ノートなんか見直さないだろ?」
「――ったく、そんなんだから単位落とすのよ。」
悠治は黙ってカバンに荷物をしまう。
「・・・まあいいや、知ーらない。ね、今日悠治の家に行ってもいい?」
「あぁ、いいよ。」
二人の通う大学は、ちょうど坂の頂上に建っている。
なので、行きはつらい、登り坂だから。
でも帰りは楽だ、下り坂だから。
実家通いの美紗は、いつもなら坂のふもとの駅まで学校から出ているバスを使う。
しかし悠治の家に行く時は、悠治の自転車の後ろに乗せてもらう。
「しゅっぱーつ!!」
「お前、なんか前より重くなってねぇか?」
「うるさーい!しゅっぱーつ!」
長い長い下り坂を、ブレーキいっぱい握り締めてゆっくりゆっくり・・・なんて、あの有名な歌のようにはいかない。
前を歩く歩行者や自転車をかわしながら、もの凄い凄いスピードで下っていく。
風が気持ちいい。
この、ちょっと暴力的かつ生意気な女の子が美紗。
ちょっと口が悪く、めんどくさがり屋そうな男の子が悠治。
二人は去年の秋から付き合い始めた、恋人同士だ。
どうやらこの二人、美紗の方に権力があるようだ。
坂が終わり、踏切を越えると、駅前の商店街に入る。
この商店街を抜けた先に悠治の下宿しているマンションがある。
「悠治、降りる。」
「へ?」
商店街の手前で美紗は自転車から飛び降りた。
「歩いてお店、見ていこうよ。」
「へー、珍しいな。」
この時間帯なら人がまだ少なく、商店街の中を自転車で通り抜けれるが、これが1時間もすると多くの買い物客でごった返す。
「ねぇ、ここ寄ろう。」
美紗は不思議な香りのする店の前で立ち止まった。
悠治は店の前に自転車を止め、店の様子をうかがう。
民族っぽい、雑貨屋のようだ。
「お前、こういうの好きなんだっけ。」
「ん~?そういうわけじゃないけど・・・かわいいじゃん!」
しばらく店内を回った。
アジア、アフリカ、南米・・・色々な国の雑貨や衣料が並んでいる。
悠治が気になったのは、謎の打楽器。
叩いてみると、ポンッ、と気持ちいい音がした。
その打楽器をポコポコ叩いていると、背中を後ろからおもいっきり叩かれた。
「ねえねえ、来週何かあるよね?」
「痛ってー。『何か』って何だよ?」
美紗は自分を指差した。
「あぁ、誕生日だろ?ちゃんと覚えてるよ。」
「ねぇ、あの首飾り、かわいいと思わない?」
美紗は自分の右肩を悠治にの左肩に寄せ、目線をそれにやった。
そこにはいくつか首飾りが並んでいた。
「どれ?」
「キミドリ色の。」
「・・・あぁ。」
「綺麗なキミドリ・・・だよね!」
「・・・そうかもね。」
「期待してるぜ、悠治君。」
ポンポンと悠治の肩を叩いた美紗は、手を後ろに組んで上機嫌にまた店内を回りはじめた。
「美紗。」
「ん?何?」
「あのキミドリってそんなに綺麗なの?」
「私にとっては綺麗なーの。」
店を出るとき悠治は美紗に訊かれた。
「悠治、何座だっけ?」
「何座だと思う?」
「2月は・・・あれ?」
「みずがめ座だよ。」
「そっか。じゃあ、これだ!」
と言って、店の入り口の壁に並べられたピアスを指差した。
それぞれの星座をかたどったピアス。
「・・・イマイチ。」
「はぁ?」
「ねぇ、『みずがめ』って何?亀??」
「はぁ?」
美紗は「水亀」と勘違いしているようだ。
「違うよ、瓶だろ?瓶!!」
「あー、そっか。」
店を出ると、いよいよ夕方の買い物客で混雑し始めていた。
歩いて商店街を抜け、美紗はまた悠治の自転車の後ろにまたがり、
「しゅっぱ~つ!」
「なァ、美紗さん?太った?」
「うるさーい!しゅっぱ~つ!」
二人は悠治のマンションへと向かった。