「先生・・・」
「何だね、秋川君?」
「“勉強は、恋愛と等しい”というのは本当ですか?」
「ほぅ!!」
秋川は24歳の大学院生。現在、黒野教授の下で数学を勉強している。
秋川は高校生の時分から「デデキントの切断」にとても興味を持っていた。
そのため彼は大学の数学科に進学し、現在、「整数論」を専門とする黒野教授の下で勉強をしている。
しかし、この黒野教授、相当の変わり者らしい。
だが、秋川はその事に気が付かない。
そう、彼も黒野教授と同じく変わり者だった。
それ故、今では秋川くらいしか寄り付く者がいない。
「君は時々とても興味深い事を言い出すね。話を聞こうじゃないか。」
「はい。えー、こんな私でも大学に入るために一生懸命勉強した時期があったのです。」
「そりゃそうだろうな。」
「僕は数学の勉強はチャート式の問題集を使っていました。その冒頭に書いてあったのです。」
「“勉強は、恋愛と等しい”と?」
「そうです。そこにはさらに『しり込みせず、正面から体当たりしていくことが大切。何もしなかった結果としての失敗は、人を後悔させ臆病にするだけだ。』というような事が書いてありました。」
「なるほど。」
「先生、この場合は勉強という大きな括りで説明されていますが、数学だけに焦点を当てると・・・どうなんでしょうか?」
「つまり、どういうことだね?」
「つまり“数学は、恋愛と等しい”が成り立つのかどうか・・・」
「なるほど、なるほど。」
黒野教授は考えるように上を見上げた。そしてやがて口を開いた。
「恋愛とはなんだ?」
「恋愛、ですか・・・。ん~そうですねぇ、恋愛といえば“運命の出会い”ですか?」
「うむ、そうだ!この広い世界でたった一人の男とたった一人の女が出会う奇跡!運命だ!」
「なるほど。」
「君は・・・“e”についてどのくらい知っているかな?」
「eとは自然対数の・・・ですか?」
「そうだ。」
「そうですねぇ。自然対数の底eはスイスの数学者・オイラーの頭文字です。元々、対数を考案したのはイギリスの数学者・ネイピアでしたが、彼は特殊な発想でその概念を得たため、その式には底が存在していませんでした。そこでオイラーはその数を見つけ出した・・・。」
「ふむ、よく知っているな。では“π”はどうだ?」
「“π”ですか・・・。円周率πは円周を円の直径で割った数です。それと確か、英語での円周率πの覚え方・・・何でしたっけ?」
「How I want a drink alcoholic of course, after the heavy lectures involving quantum mechanics.」
「それです!その訳は『量子力学を含む難しい講義の後には、酒を一杯やりたいぜ。』ですね。」
「うむ、その単語数を数えると3.141592・・・というわけだ。よろしい!では“i”はどうだ?」
「虚数iですね。iは“イメージングナンバー”の頭文字で、『想像上の数』という意味です。それ故iは実在しない数だと思われていますが、実はそうではないんですよね?」
「その通りだ。電子や光子などの素粒子の存在確率を表す『波動関数』というものがある。それにはi
が現れる。」
「ん~、先生?いつの間にか話が数学に変わっていませんか?」
「まあまあ、秋川君、最後まで聞きなさい。さて、この3つの記号だが、何か気が付かないかな?」
「えぇ、もちろん気が付いてますよ!e、π、i、この三つの記号といえば『オイラーの公式』ですよね。」
「その通り!この3つの記号はそれぞれ、人類の歴史の中で何の関連もなくバラバラに生み出されたものだ。ところがスイスの大数学者・オイラーはこれらに1つの関係を見つけ出した!それが『オイラーの公式』だ。」
「人類史上最も美しい数式が生まれたわけですね。」
「世界人口60億人、その中で二人が出会う奇跡・・・これが恋愛。数学も同じだ。『オイラーの公式』が生まれたのだからな。これもまさに奇跡だ!」
「先生、納得です。“数学は、恋愛と等しい”!」
「よろしい!ところで秋川君、」
「はい?」
「1週間程前から見たことのない女の子が、小さな封筒を持って研究室周辺をウロウロしているのだが、心当たりないかね?」