「ねぇ、お母さん。これ見て!」
母親は料理をする手を止めた。
息子の手の中には1枚のコインがあった。
「あら、どうしたの?1セントコインじゃない。」
「いっせんと?」
「そうよ。それは外国のお金なの。」
「へぇ~。じゃあ、これじゃあ何も買えないの?」
「そうね。買えないわね~。」
「え~っ!」
「でもね、1セントコインには凄い力があるのよ。」
「スゴイ力??」
母親は棚から空になった小さな薬の小瓶を取り出した。
そして、そのラベルを剥がしながら話を続けた。
「1セントコインはたった一つだけ、願い事を叶えてくれるのよ。」
「ホント~!?」
息子の嬉しそうな顔に優しく微笑み返し、
「本当よ。」
ラベルを剥がし終わった小瓶を渡した。
「どうすればいいの?」
「いい、コインを両手で握り締めて、心の中でそっと願い事をするの。それが終わったらその瓶の中にコインを入れて、しっかり蓋をするのよ。」
「へぇ~!」
「そうすればきっと願い事は叶うわ。」
「お願い事は1つだけ?」
「そう、願い事は一つだけよ。よく考えて決めること。」
母親は悪戯っぽく目を輝かせ、微笑んだ。
さて、
彼は迷った。
どんな願い事がいいかな?
通学路に小さな模型店があった。
最近になってその店頭に、とってもカッコイイ飛行機のプラモデルが現れた。
彼のクラスではその話で持ちきりだった、
一体誰が一番に手にするのか、と。
このプラモデルが結構高いのだ。
とても子供が手を出せる値段じゃなかった。
でも、もし、1セントコインに願えば、買ってもらえるかもしれない。
これもまた最近の話だが、彼はクラスの友達に一緒に映画を観に行かないかと誘われた。
今話題の『学校の怪談』という映画だ。
しかし、彼はこれには行けない。
両親から小学生だけで行くのは、と禁止令が出たからだ。
でも、もし、1セントコインに願えば・・・
「ねぇ、お父さん、これ見て。」
「ん?1セントじゃないか。どうしたんだ?」
「今日学校の帰り道で拾ったんだ。願い事を一つ叶えてくれるんだって。」
「ほぉ。どんな願い事にしたんだ?」
「まだねぇ、決まってない。」
結局その日は願い事は決まらなかった。
次の日の朝、彼はテレビに映る衝撃的な映像を観た。
倒壊した建物
民家を包み込む炎
叫ぶように現場の状況を伝えるレポーター
「お母さん、何かあったの?」
「今日の朝早くにね、関西の方でとても大きな地震があったの。」
しばらくの間その映像を見入っていた。
鳴り響くサイレン
ヘリコプターの騒音
助けを仰ぐ人々の声
「早くしないと学校に遅れるわよ。」
彼は勉強机の上のあの1セントコインを手に取った。
少しの間、掌の小さなコインを見つめていた。
が、そのコインを両手でしっかり握り締め、
そっと、一つだけ願い事をした。
小瓶に入れ、しっかりと蓋をした彼はランドセルを手に取った。
「いってきま~す!」
そう言って今日も元気よく玄関を飛び出していった。