ノア(安息という意味) | 777のクリスチャンへの警告と聖書 蛇のように聡く、鳩のように無垢であれ

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今回は創世記のノアの箇所 ここを見て行こうと思います ノア(安息)というヘブライ語の意味があるとコンコルダンスに載っていましたので、その関連を聖書の中から見ていこうと思います 安息についてはヘブライに詳しいです↓信じる人は安息に入るのです 不信仰の人は安息に入れないのです



ヘブライ3: 6

しかし、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし私たちが、確信と、希望による誇りとを、終わりまでしっかりと持ち続けるならば、私たちが神の家なのです。

3: 7

ですから、聖霊が言われるとおりです。「きょう、もし御声を聞くならば、

3: 8

荒野での試みの日に御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。

heb 3: 9

あなたがたの先祖たちは、そこでわたしを試みて証拠を求め、四十年の間、わたしのわざを見た。

3:10

だから、わたしはその時代を憤って言った。彼らは常に心が迷い、わたしの道を悟らなかった。

3:11

わたしは、怒りをもって誓ったように、決して彼らをわたしの安息にはいらせない。」

3:12

兄弟たち。あなたがたの中では、だれも悪い不信仰の心になって生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。

3:13

「きょう。」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。

3:14

もし最初の確信を終わりまでしっかり保ちさえすれば、私たちは、キリストにあずかる者となるのです。

3:15

「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。」と言われているからです。

3:16

聞いていながら、御怒りを引き起こしたのはだれでしたか。モーセに率いられてエジプトを出た人々の全部ではありませんか。

3:17

神は四十年の間だれを怒っておられたのですか。罪を犯した人々、しかばねを荒野にさらした、あの人たちをではありませんか。

3:18

また、わたしの安息にはいらせないと神が誓われたのは、ほかでもない、従おうとしなかった人たちのことではありませんか。

3:19

それゆえ、彼らが安息にはいれなかったのは、不信仰のためであったことがわかります。

4: 1

こういうわけで、神の安息にはいるための約束はまだ残っているのですから、あなたがたのうちのひとりでも、万が一にもこれにはいれないようなことのないように、私たちは恐れる心を持とうではありませんか。

4: 2

福音を説き聞かされていることは、私たちも彼らと同じなのです。ところが、その聞いたみことばも、彼らには益になりませんでした。みことばが、それを聞いた人たちに、信仰によって、結びつけられなかったからです。

4: 3

信じた私たちは安息にはいるのです。「わたしは、怒りをもって誓ったように、決して彼らをわたしの安息にはいらせない。」と神が言われたとおりです。みわざは創世の初めから、もう終わっているのです。



以上を基にしてみて行きます




ノアのした事はざっと書くと 1神様の命令どおり箱舟を作った 2ノアの家族と動物たちを入れた 3洪水が引くまで箱舟の中に居た こんな感じでしょうか



創世記7:15

こうして、いのちの息のあるすべての肉なるものが、二匹ずつ箱舟の中のノアのところにはいった。

7:16

はいったものは、すべての肉なるものの雄と雌であって、神がノアに命じられたとおりであった。それから、主は、彼のうしろの戸を閉ざされた。

7:17

それから、大洪水が、四十日間、地の上にあった。水かさが増していき、箱舟を押し上げたので、それは、地から浮かび上がった。

 

1.箱舟の中にはTVも無いしパソコンもゲームも無いです 世的な様々な娯楽・快楽も
四十日間ただ箱舟の中に居る この行動原理といいましょうか、人間としてのクリスチャンとしての生き方「安息」には行っていると見ています。


2.箱舟を作りその中に入り40日間待つという事も神様を信じているからできる事だと思います、1000日だったらどうしよう、2000日だったらどうしよう・・・ そうではなくて神様の決められた日数を信じて箱船の中でただ待つという信じている人にしか出来ない「安息」を見るわけです。


3.漕ぎ手が居ない 海賊の映画なんかでは船に漕ぎ手が居ますが、この箱舟には居ません、自分たちで航路を決めるのではなく、ただ神様任せの境地 ここにも「安息」してるという事が見つかるわけです、我々ここが良い、アレがいい、こっちがいい、あっちがいい そうではなく神様に委託・信頼し・お任せするという「安息」の入り方これも信じている人にしか出来ません。


4.自分ではどうする事も出来ない・手の業を行わない・あきらめる 安息に入る

途中では小船の外に出ようなんてしたら大変です、直ぐに水が中に入り全滅してしまいますし、ただ洪水が収まるのを待つしかない どうやって待つか、神様を信じて待つのです。



5.なお七日待つ・時間が過ぎてもなお神に信頼する 以下の聖書箇所です


創世記8: 6

四十日の終わりになって、ノアは、自分の造った箱舟の窓を開き、

8: 7

烏を放った。するとそれは、水が地からかわききるまで、出たり、戻ったりしていた。

8: 8

また、彼は水が地の面から引いたかどうかを見るために、鳩を彼のもとから放った。

8: 9

鳩は、その足を休める場所が見あたらなかったので、箱舟の彼のもとに帰って来た。水が全地の面にあったからである。彼は手を差し伸べて鳩を捕え、箱舟の自分のところに入れた。

8:10

それからなお七日待って、再び鳩を箱舟から放った。


時間がたったのだから直ぐに箱舟から降りても良いではないか? なお七日待つ

サムエル記 サウル・サムエル・全焼のいけにえ の箇所もそうですが時間がたっても現れないときさらにそこで「安息」し、神様を信じ続ける これも信じている人のできる事です、世的な感覚で「時間が来たからもうOkでしょ?準備できてるでしょ?」ではなく、さらに信じて待つ さらに研磨・脱穀してる神様のような感覚を覚えます。


そういうわけで世界に広がっているリバイバル という名の霊の洪水悪魔崇拝者と同じ霊現象だが、なぜか聖霊と勘違いしている「ノアの洪水のよう」な現象、「安息」して水が引くのを待ちましょう。引かない洪水は無いですよ


http://ameblo.jp/rebanonn/theme-10010468416.html  (そんな霊現象の動画集)