小豆島のエンジェルロードから徒歩圏内のたこ焼きBar「ナニワのあきんど日誌」 -45ページ目

小豆島のエンジェルロードから徒歩圏内のたこ焼きBar「ナニワのあきんど日誌」

全国25都道府県の「粉もん」を食べ歩き、約2年掛けて新潟県、香川県、北海道、兵庫県、長崎県を渡り歩いた大阪出身者が、小豆島の「迷路のまち」でたこ焼きBarを営んでいます。

3月12日(火)17時営業

17:00~22:00(L.O.21:30)

※エンジェルロードBest timing

日没以降でっからお勧めしまへん。




甲高ぁ~い声のおばあちゃんでしてなぁ。

毎度おおきに「MめAいZずE」でおま。



門扉を開けて、奥の家に居てはるおばあちゃんに「前の家は誰にも貸さないんですか?」って声を掛けましてん。



〈信用出来るもんにしか貸さん!〉

これがおばあちゃんの第一声でしたわぁ。



年配の人やとは聞いてましてんけど、ちょっとなんぼなんでも高齢過ぎるなぁ…、息子はんや親戚の人が後から聞いたらどう思うかなぁ…、この家も難しいかなぁ…、とおもたその時でしてん…。



(しばらく黙ってこのばあさんの話聴いとけ)



あのぉ、なんやワテの頭の右上辺りでそない聞こえたんですわぁ…。

信じて貰えんやろうなぁと思いながら言うてますねんけど男の人の声でしてん。



なんや知らんけど、その頭の右上辺りに対して小声で「はい」って呟いたんも覚えてますわぁ。



ワテは結構いろんな仕事をしてたって言うた事ありましたやろ?アルバイトやなしに社員で1番最初の仕事が訪問販売やっちゅうんも言うた気がしますねんけど、せやさかい見ず知らずの家でもあんまり抵抗なく伺えますねん。



個人の家やら会社やらっちゅうたらこれまで何百件も飛び込んでんのに、頭の上で声なんかしたんはほらぁ初めてでんがなぁ。



呆気に取られながらも10分ちょっとでしたかいなぁ、おばあちゃんの話聞いてておもたんは、とにかくしっかりしたおばあちゃんで身内でもないのにおばあちゃんって呼ぶんは失礼やなぁと思うぐらいしっかりした人でしたわぁ。



まぁせやけど、戦後間もない話とかをするんが好きなんはお年寄りあるあるですわなぁ…、気が付いたらいつの間にか昭和22年のこっちへ嫁いで来はった頃の話になってますねん。



ほんで、あまりにも主旨から大きく外れとったら「で、前の家は誰にも貸さないんですか?」って話を本題に戻しますねん。



〈あぁ、前の家かぁ…、あの家はなぁ死んだ主人がなぁ…〉



うんうん…。

おんなじ香川県で屋島のご出身らしく昭和22年に嫁いで来て、亡くなったご主人から聞いてるんは明治時代の建物でご主人は病気で昭和40なん年かに亡くなりはった以降、女手1人で二男一女を育てあげた結果、無事に3人は立派に巣立ってくれましたとさ。めでたし♪めでたし♪



小1時間の間に時系列で4回も5回もおんなじ話してくれたら、なんぼ物覚えの悪いワテでもさすがに覚えまっせ。



これはやっぱり無理があるかぁ…、せやけどこっちから伺った手前、むげな態度を取って帰る訳にもいかんさかい、もっぺんだけ聞いてそれでアカンかったら諦めよう…。



「お母さん、前の家はもう誰にも貸す気は無いんやね?」



〈あぁ、アレか、あのぉ瀬戸内なんとか祭で外国人が来た時の宿泊施設とかにしたいゆうアレか?うちの主人はそうゆうのは好んでなか…〉



「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、なんの話してんの?そんなこと一言も言ってないよ、僕がこの辺で住むとこ探してて、ここに僕が住みたくて相談しに来たの!」



〈あぁ!なんやぁ、アンタが住みたいんかいなぁ…、ほな貸したるわぁ♡〉






「ホンマかいなぁ…」

これが、当時36歳と95歳による59歳離れた年の差漫才の序章ですねん。



ほな!



※安全面を考慮して夜間を除く潮の引き始めのみ記載



~もしも大阪商人がコテコテの大阪弁で一方的に話しかけて来たら~



#小豆島 #迷路のまち #たこ焼き #エンジェルロード