当時の生活感が2 | Rain of Candy ~禁パチンコ概論~

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こちらの記事の続きになります。

こちらでは、あの時代が良かったと大雑把に書いていますが、今回もそんな感じです。


当時は実家暮らしで一家の中では一番資産がありました。そのせいか当然、親よりもお金を持っていて、親からお金が貸してと言われて、数十万貸しては、戻って来なかったということがありました。



しかも、返してと請求すれば、「今まで育てたのに使った金だ!」とか言われて結局何も戻って来ないのです。



それでも、一家で寿司屋に行ったこともありました。30000円。当然、私が支払いしましたよ。


親もお金を持っていることを知っていたので、半強制的に生命保険に加入したりしました。ただ、現在は解約しています。



奢る、奢ってもらうっていうのは日常茶飯事だったような気がします。まあ、家族は奢るだけでしたけど。
焼き肉屋で10000円しか?勝っていないのに16000円(いや30000円だったかな?)支払ったこともあります。



友人などは現在では、僅かですが当時は結構いましたね。ただ、数年後には、連絡を取りづらい状況になったり、音信不通になったりして、現在は当時の友人などは前の記事の大学の先生以外はほとんど連絡を取っていません。



土地柄もあり、当時は駐車料金のかからないところに住んでいたので車も買ったり、持ったりしていました。現在はありませんけどね。



夜勤が無かったので、ほぼ午前中に起きてたんじゃないでしょうか。ただ、寝る野茂午前中でしたけどね(笑)


まあ、夜に眠れない、寝つきが悪いのは当時からの体質だったのかもしれません。しかし、現在ほどではないです。

しかも、当時は睡眠時間が短いと辛いということはあまり無かったです。




と、色々とありましたが、当時の生活水準以上の生活水準に達するのは難しいと思います。
けどやはり、当時の生活水準以上の生活はしたいです。







このシリーズはここで締めたいと思います。





因みに、15年くらいぶりに、大学時代のゼミのメンバーからFacebookのmessengerで連絡が来ましたがやはり、「スロットやってるの?」って来ましたね。


それくらい、当時は狂ったようにスロットやってるが周囲に知れ渡っていましたからね。