当時の生活感が | Rain of Candy ~禁パチンコ概論~

Rain of Candy ~禁パチンコ概論~

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私が『2000年依存』とか『新2000年問題』とかで「あの頃に戻りたい」とか、そう思ってしまうのは、やはり、当時の生活環境が現在と違うことにありますね。



まあ、過去の栄光に捕らわれることは良くないんですよ。しかし、過去のことが凄かったから、いつまでも依存から離れられなかったり、ゲーセンへ行く頻度も時として多くなったりするのかもしれません。




将来に向かって考えられることはそれ以上を目指すしかないです。なかなか難しいことですが。



本題から離れたので本題へ戻ります。戻す必要無いかもしれませんが(笑)。




2000年頃といえばやはり、「パチンコで勝てる」とか、「パチンコで生計を建てる」というのが当然のような時代だったと個人的には思います。

パチンコはデータ取りと釘を見れば勝てたんでしょう。
パチスロは上記の「」の部分が特に顕著で最低設定でも勝てて、万枚も現在と比べるとかなり出やすいという時代です。

パチスロの場合は現在と比べるとゲームやパチンコとは区別されていて、パチスロとしての攻略要素や面白さが有った気がします。




生活は学生だったので9時間拘束で週5日なんてことがなかったです。しかも、仕事は「拘束」という言葉を使うくらい嫌なものですがその当時は朝から晩まで平然と居られる…。という不思議なものでした。
仕事すると当然早く帰りたくなります。っていうか今、パチンコ屋に入ると何となく羞恥心が有るのですが。

しかも、若さ?のせいか「パチンコの為ならどんなに早く起きようと、どんなに遅く寝ようと」と必死でしたね。

しかし、365日(2000年は366日)中330日以上はパチンコ屋に入ってたわけですから今考えるとビックリです。



支出面は実家だったので適当に外食した時の食費のみです。現在のように家賃+光熱費は払いません。

ましてや、年金は学生なので免除できました。現在のような給与天引きは無いです。

因みに、携帯代は当時は料金プランを考えていなかったせいか当時は2~3万円かかりました。現在の方が安いです。




まあ、こんな生活もわずか数年で終わってしまいますが。過去にこだわっては駄目だと思いましたがネタとして書いてしまいました。


実はまだこのネタは書くネタが有るので、また近いうちに。