おはようございます。
株式会社リアライズの佐藤です。
昨日は高校時代の同級生と仕事のことで会いました。
高校を卒業して18年、気付くと静岡県で生まれ育った期間と東京で過ごした期間が同じになっているんですね。
18年前を思い出すと、現在こうしてクラスメイトと会って仕事の話をする状況なんて思いもよらない出来事のように感じます。
高校時代の僕は、まー・・・・いわゆる落ちこぼれでしたからね。
卒業後はアルバイトをしながらバンド活動一直線という感じで、大学に行って就職した人達は別世界の住人だと感じていました。
さらに言うとそういう同級生達に対して負い目のようなものを感じていました。
高校卒業時には、進学もしくは進学を目指して浪人する人がクラスの大半で、19歳でフリータしてるのはおそらく僕だけだったんじゃないかな・・・。
そういった状況もあり、自分はドロップアウトしてしまったという劣等感を「自分には夢があるんだ」という気持ちでなんとか覆い隠そうという感覚があったように思います。
だから20代は同級生と会うことは避けていた部分があります。
いつか自分が立派になるまでは会えないぞ、というような感覚ですね。
15年程前に建築現場で警備員の仕事をしていたのですが、ある時、道路の向こう側から大学生らしき集団がこちらに歩いてきました。
そしてその中に高校の同級生がいるのを発見してしまいました。
そこは早稲田通りの沿いの建築現場、その集団は早稲田大学の学生さんだったと思います。
集団の中で楽しそうに話している同世代の男女がすごく青春を謳歌しているように見えて、とてもキラキラしてるように見えてw今の自分との差をすごく感じて「今は顔を合わせられない」という気持ちになり僕は思わず建物の影に隠れてしまいました。
そうした同級生に対する負い目は時間が経つに連れて大きくなっていきいつの間にか同級生達は「いつか見返すべき相手」になっていきました。
バンド活動をする中での原動力にもなっていましたけどね。
ただ、自分のフィールドがバンド活動からモノづくりの場にうつり仕事がうまく軌道にのっていく中でそうした負い目は少しずつなくなっていき30歳頃を境に高校の同級生とも少しずつ会えるようになっていきました。
それは自分の会社を持って、いわゆる同級生達にも胸を張れるような気分になれたから、と言えばそうかもしれません。
そうして少しずつ同級生達との交流が復活していく中で彼らとは友人に戻れていったような感覚があります。
今こうしてフラットな気持ちで同級生達と過ごせるようになって思います。
きっと彼らは全然見下してたりバカにしてたりなんて、なかったんだろうなーって。
社会におけるポジションで人にランク付けをするような奴はクソやろうだって思いながら、警備員をしてる自分、遠い夢を見てた自分を差別して見下してたのはむしろ自分の方なんじゃないかなって。
リアライズでは120名あまりの人員が管理職、営業職、事務職、製作職としてそれぞれの役割を担っていて、様々な会社さんとのお付き合いの中で様々な役割をもった方々と関わり協力し合って仕事というものはなりたっています。
どんなポジションであろうがプロ意識を持って仕事をしている人は尊敬できます。会社にとって大事な存在です。
重要なことはプロ意識をもって自分の生業をこなせているかどうか、なんだと今では思います。
あの当時自分が負い目を感じてしまっていたのは自分の生業にプロ意識がなかったからなんだろうなーって恥ずかしながら今ではよくわかります。
そうして、高校の同級生と、初めてビジネスパーソン同士として会った昨日、その友人からはプロ意識を感じました。
直接的に関わるという訳でもなく雑談のようなコミュニケーションでもあったけど彼女がどんな環境でどういう仕事と関わってきたかを感じ取れたし、そして彼女が僕と会ってくれた意図も感じることができました。
その中には、新しいことに挑戦しようとしている僕が大きな力に巻き込まれて痛い目に合わないように、そんな友人としてのアドバイスのような意図もあったんじゃないかなー。
「人」という字は、人と人とが支えあっている様を表した記号が漢字になったものです(坂本金八先生)
人は人との関わりの中でしか幸せは感じられません。
人と人との間に立っているからこそ僕たちは「人間」でいられるんですね。
だから、生業にプロ意識を持てていなかったり、人と人の関わりをないがしろにしていた過去の自分はまだまだ人間として未熟だったなー・・・・と気恥ずかしく振り返りながら、まだまだ青二才の自分が人間として成熟していく為に、「人」と「仕事」をもっと大事にしていこうと、そんな風に思った昨日でした。
本日も張り切って、たくさんの人と支え合いながらプロの仕事ができるようにがんばります!