最近読んだ堀江貴文さんの文章の中にとても気になることが書かれていたので紹介します。
~ 以下転載文です ~
世間から「ヒルズ族」と呼ばれていたライブドア時代、分刻みのスケジュールで働く僕を見て、こんなことを言ってくる人がいた。
「もう一生かかっても使い切れないくらいのお金を手にしたんだから、リタイアしてのんびり暮らせばいいじゃないですか。それとも、まだお金がほしいんですか?」
当初は冗談だと受け流していたのだが、どうもそうじゃないらしい。取材記者から合コン相手の女の子まで、かなりの人が同じようなことを言ってくる。リタイアするだって? なぜそんな話をしているのか、僕にはまったく理解できなかった。
たしかに、年末ジャンボ宝くじの季節になると「宝くじで一等が当たったら、会社を辞めて南の島でのんびり暮らしたい」といった声を耳にする。いまのあなたも、同じような気持ちでいるかもしれない。
でも、どこかおかしいと思わないだろうか。
大金を手に入れたら、リタイアして南の島でのんびり遊んで暮らす。
要するにそれは、「カネさえあれば、仕事なんかいますぐ辞めたい」という話なのだし、裏を返すと「働く理由はカネ」ということなのだろう。……僕の信念とは正反対とも言える考えだ。
いまも昔も、僕はお金がほしくて働いているわけではない。自分個人の金銭的な欲望を満たすために働いているわけではない。そんな程度のモチベーションだったら、ここまで忙しく働けないだろう。食っていく程度のお金を稼ぐこと、衣食住に困らない程度のお金を稼ぐことは、さほどむずかしいことではないからだ。
~ 転載ここまで ~
すごく納得しました。
多くの人がお金の為に働いている、これは間違いないことだし僕は堀江さんのようにまだまだ達観はできていないです。まあ当然か。。。
報酬アップが仕事をするうえでのモチベーションになっていることは確かだしね。
ただ、起業して5年程度でまだまだ経営者としてはへなちょこの僕でさえ、「お金の為だけ」に働いているという感覚はかなり薄れてきているのを感じています。
会社をつくるのって世の中の大半の人が思っているよりはずっと簡単だけど、経営を続けることは世の中の大半の人が思っているよりもずっとずっと大変なんです。
以前テレビである有名な経営者の方が「会社をつくってから一日たりとも楽しいと感じたことがない。苦しい日々の連続だった」と言っているのを見たことがあります。
去年僕もストレスからか、円形脱毛症になったりしました。
ただ単にお金の為だけだったらこんな大変な思いをしてまで経営を続けていこうとは思えない。
精神の細い僕みたいな人間にとってはなおさらです。
じゃあ何のために働くのか、僕の中にある答えはとてもシンプルなものです。
仕事を通じて自分自身を成長させる為
カッコ付け過ぎですか?
じゃあこう言ったらどうでしょう。
男をあげる為、男を磨く為
まともに定職につかずバンドに明け暮れた僕の20代。この頃はバンドで成功することが人生の全てでした。
その頃確かにバンドでの成功を夢見ていたけど、それは「大金を掴む為」ではありませんでした。
バンドでお金を稼ぐことだけを目的にしていたらガチャガチャとうるさい音楽はやらずにミュージックステーションに出れそうな音楽をやっていたはずだし。
今考えてみるとまさしく「男を上げる為」にバンドでの成功を夢見ていたことに他なりません。
いろいろあってバンドをやめてしまった時に変な罪悪感のようなものをずっと引きずってしまっていたのですが、そんなこと考える必要はなかったんです。
やってることは変わったけど本質的に目指すところは変わってなかったんですよね。
おそらく10代の頃からずっと。
このことに気付けたことは僕にとってはとても大きなことでした。
もちろん今経営している会社がなくなる・・・・と考えることは恐ろしいことですが、この短い会社経営の中で気付けた働く事の本質というものが揺るがない限りきっと僕は、仮に誰かに雇われる立場になったとしてもその時の立場で「男を磨く為」に仕事ができるような気がします。
好むと好まざるとに関わらず、大半の人が一日の中の多くの時間を仕事というものに縛られて生きています。
この縛りを「お金の為」と捉えてそこで止まってしまうのか、プラスアルファの目的を見出せるか。
ここの違いだけできっと人生は大きく変わってくるのではないでしょうか。