I APOLOGIZE / LIONEL RICHIE | JUKEBOX から きこえてきたアメリカ

JUKEBOX から きこえてきたアメリカ

テキサス・マンハッタン・ハリウッドと
アメリカ滞在時の90年代を中心に 当時の思い出の曲やジュークボックスでかけた曲
そして、80年代 70年代など懐かしい洋楽をご紹介できればと思います。

 

 

I APOLOGIZE / LIONEL RICHIE

 

 

 

 

 

 

 

2006年にリリースされた 8枚目のアルバム "COMING HOME" に収録された

LIONEL RICHIE 愛を感じられ "I APOLOGIZE" です。 

"FUGEES" の WYCLEF JEAN がライオネル・リッチーのために、書いた感じなん

だろうと思いますが、ライオネル・リッチーが共作せずに受け入れ起用しただけ

オマージュを感じられるメッセージソングです。

大人なライオネル・リッチーが唄う歌詞がシビれます。

 

 

 

 

 

 

 

■I CALL IT LOVE

■WHAT YOU ARE

■WHY

■REASON TO BELIEVE

■ALL AROUND THE WORLD

 

 

 

 

 

このアルバムからは5枚のシングルがリリースされ、全米6位 アメリカ旗 のヒットになり

R&Bチャート3位を記録し、20年振りのベスト10ヒットアルバムになって

見事アメリカ アメリカ旗 で GOLD DISC を久しぶりに獲得しました。

 

このアルバムの特徴はアメリカ アメリカ旗 の若手で成功していたプロデューサーたちなど

多くの旬なプロデューサーたちが、ライオネル・リッチーをアメリカ アメリカ旗 で本気で

復活させるために "L.A. REID" を中心に集められたんじゃないかなって思います。

アルバム "RENAISSANCE" から明らかにヨーロッパのマーケット向けになったと

言うのか、拠点自体をヨーロッパに移してしまったんじゃないかと僕は思ってい

ますが、完全にアメリカ アメリカ旗 で失速してしまった人気を取り戻すために、集まった

感があります。

 

 

■DALLAS AUSTIN

■JERMAINE DUPRI

■WYCLEF JEAN

■RAPHAEL SEADIQ

■RODNEY JERKINS

■CHUCKII BOOKER

 

 

ただ、このような多くのプロデューサーたちと共作するようになっていった傾向は

アメリカ アメリカ旗 で失敗作になってしまった "TIME" の次のアルバム "RENAISSANCE" 

から続いてきたものです。

それまで共作することが少なかったライオネル・リッチーですが、ここまで多くの

プロデューサーたちと共作するようになったのは、ライオネル・リッチー自身が

作曲に苦しくなっていたのかなっとも思いますが、若手のプロデューサーたちにも

チャンスを与えること、そして彼らにとっても、ライオネル・リッチーのために何

とかしたいと思っていたのは間違いないのかなって思います。

 

 

"FUGEES" の WYCLEF JEAN が、書きプロデュースした この "I APOLOGIZE" は

アメリカでのオリジナル盤には収録されていません。

僕は日本盤を購入したので、この "I APOLOGIZE" がボーナストラックとして収録

されていました。

この "I APOLOGIZE" が気になる方はクレジットをよく確認してください。

 

 

 

■LIONEL RICHIE のことを少し書いています。お時間あれば

■DANCE FOR THE WORLD / NATIVE AMERICAN CHANT がシビれます。

 

 

 

 

 

 

MY DREAM IS STILL ALIVE

ROUGH BOY