なぜ勉強は必要なのか?

なぜ勉強は必要なのか?

「なぜ勉強は必要なのか?なんのためにするのか?」というのを日々書きながら【共育】できたらと思います。

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昨日は、上越の中3のお宅にお伺いした。
特別支援学級なんだけど私立の高校に行かせたいとのことで
家庭教師を検討。



特別支援学級と一言で言ってもどのくらいの学力か
わからないし、両親から聞く話だけ鵜呑みにしても
わからないから小学校の漢字と算数を一緒に勉強した。



やっている途中で、父親が怒りだした。
「何しにきたんですか?」と言葉を発した。


それで自分は、「本人さんに家庭教師が合っているかどうか?
を確認して、本人さんができると言えば検討してもらえれば良いですし、
親御さんから客観的に見て合いそうかどうか判断してもらえればと思って、
一緒に勉強をしています」と伝えた。



「うちの子はそういうレベルじゃない。とにかく理由なんか要らないから
暗記させてくれればいいんだ!」と父親。


暗記っていっても、ただ覚えるって言うのは無理でしょ。
意味もわからずに。

それができるなら、家庭教師なんか付けないで
特別支援学級の授業だけで十分だと思う。


本人さんはゆっくりのペースでやればなんとか理解していた。
そんな矢先だったからむかついた。
感情を押さえるのが大変だった。





まとめると父親の考えは、
・うちの子は理解できない
・理屈を説明してもわからない
・高校にさえ入ってしまえば良いんだ
という考え。



こっちからすると完全にあきらめているのは
子どもじゃない、父親のあんただよ!!
あんたの思い込みが子どもの将来を変えるんだよ!



そして、感情を抑えながら
「お母さんはどういうお考えですか?」と聞いた。
(お母さんは大人しめで自分の意見を言わないタイプ)


そうしたら、お母さんは「きっと時間をかければ
覚えられると思います。さっき見ていてそう思いました」
と言いづらそうに言葉を選んで発した。


父親はますます不機嫌になったけどね。。。





こんな一連の出来事があってまた確信した。
親の言葉って子どもの人生を変える!


この家だけじゃない。例えば
「俺の子だからそんなに勉強できないんだ、期待していない」
「真ん中くらいでいいんだ」
「普通に就職できればいいんだ」

こんな言葉をよく聞くけど、子どもは洗脳されるよね。
悪い意味で。
しかも、訳の分からない理由。




だから、発する言葉って大切。
子どもの人生を変えちゃうよ!



今日は気づきとグチ。
学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)


前回の続きをから自分の考えを書いてみる。
学歴社会についての続きね。


学歴というのは企業側からみたら判断基準の一つで
しかも単純明快な要素もあるというのが結論。


だから、今後も学歴という採用判断基準は消えないけど
それだけでは立ち向かえない時代になったってこと。


今回はその内容について。

前からというか自分の考えの基本は
保護者の考えが変わらないとダメ!という考え。


自分が当時教育された情報や方法は「今の時代に通じない」
ということを前提として書くのでよろしく。



今回は採用する側、そうするに企業側の立場にたった考え。


もし、あなたが経営者だったらどんな社員が欲しい?
・・・真剣に考えてみて。




「明るい」とか「挨拶ができる」とか「常識がわかる」とか
いっぱいあると思うけど、それは二の次。


利益を上げてくれる社員が一番!
これが本音だよ。

というか、当たり前のこと。


給料20万円支払って、20万円以下の仕事しかしない人はいらないの。
単純に給料20万円支払って、40万円分の仕事をする人が欲しいの。


ね?あなたが経営者だったらそう思わない?
ごくごく当たり前のことでしょ?


いくら人間性が素晴らしくても利益を出さない、実績を出さない社員は1人もいらない。
会社というのはそういうところなのにその視点を持っている人が少ないと思う。


だから、学歴というのは選択肢の幅が広がるという上で良いと思う。
ただ、入社して会社に利益をもたらせなかったら中卒と一緒。



時代が違うよ!っていうのは今、超高齢化社会でしょ?
60過ぎても退職しない、65過ぎても退職しない・・・

退職しないというか、企業側がそれを選択している場合が多い。
業種によってはこうなっている。



今まで人が必要だった業種でもIT化が進み「人が要らなくなった」
という業種が多くなった。


だからね、会社に利益をもたらす人じゃなきゃきつい時代なんだよ。
一時的に景気が良くなっても今後もこれは加速する。



昔から経営者の考えは変わらないんだけど景気が良い時はそれで良かった。
でもね、これからは絶対違う、人の見えなかったところが見えるようになるから。


よく言われる「個の時代」ですよ。
個人をしっかり磨いていかないと生き残れない。


厳しい時代になったと思うかもしれないけど
これが人間社会では本来の姿だと思う。


人間は、誰かのために役立つ為に生まれてきた。
だから存在価値がある。


一昔はそんなことわからなくてもよかった。
それが今の時代にわかりやすくなっただけの話。



長くなったからこれで終わり。
賛否両論あると思うけどこれが自分の考え。


思いや考えがうまく伝えられていないから
また次回もこれについて書いてみる。





学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)
学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)


あなたはどう思う?
学歴社会って言うと聞こえが悪いけどね。


そもそも学歴で人を判断するってどういうことなんだろう?
早い話が学歴で人を判断する側が『楽』なんだよね。


この人は「いい人だ」とか「忍耐力がある」とか
「やさしい」「思いやりがある」とかってその人から
直接言われても信じていいかわからないし短時間じゃ
見抜けない。


例えば、○○大学卒業と言う証明書を見れば
その人のがんばった姿を見てなくても勝手に
「がんばったんだな~」「努力家なんだな~」と理解する。

学歴で判断するのは判断する側が楽なんだ!
そういうこと。


だから、学歴で判断するという社会は完全に消えることはないと思う。
ただ、最近は就職氷河期という言葉があるように有名大学卒業でも
就職は大変なのは事実。


このニュースの言葉尻だけを信じている保護者がいるのが残念。
特に父親にこういうパターンが多い。
はっきり言って「チョー勉強不足の知ったかぶりヤロー」と言いたい!


「今の時代、大学行っても就職できるかわからないから・・・
だから大学なんか行っても意味ない」


高卒と大卒を比べると
1就職先の幅が狭い。大卒以上のところは選べない。
2秀でた能力がないと厳しい。
ということ。


だから大卒は意味がないという考えは正解ではない。



タイトルの結論だけど、
学歴社会は継続するに決まっている。
ただ、これからの時代は「大卒」というだけでは全然足りない。


もっともっと個人の能力が必要。
そう、実践能力ね。
当たり前だけど「採用する側(企業)の視点を知る」ということ。


次回はこの点について書いてみる。

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)