攻殻機動隊について、思うことあれこれを書き綴ります。
ネタバレ注意。
これらは、あくまで個人的感想であり、価値観を押し付けるものではありません。
それでもOKな方は、どうぞ~。
攻殻機動隊は、
まず一番最初に映画『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』をレンタルで見ました。
近未来を舞台にした、壮大で複雑な世界観。
人間が想像したものは、現実化できるといいますが、電脳化社会という概念に、見た当時の自分は圧倒されました。
当時の自分は、スマートフォンを使いこなしてる自分なんて、きっと予想もつかなかった。
レンタルもビデオだったし。
電脳化、義体化、光学迷彩、ゴーストハック、全てが衝撃でした。
宗教的領域にまで到達しようとするテーマを、到底理解できるはずもなく、ただ映像の格好良さに魅了され、ストーリーの難解さに、憧れました。
今、見返しても難しいです。
監督や原作者が伝えんとする物語の真髄まで、私には分かることはないと思います。
一人の受け取り手として、クリエイターが提供してくれるものを、大いに楽しむだけでいいんじゃないかな。
たくさんの作品に触れてきて、最近はそう考えるようになってきました。
コラムニストになりたい訳じゃないし、ライトに考えていきます。
原作から始まり、媒体によって、世界、主人公の性格、個性から、時代設定、キャラクター設定が、異なります。
(1)押井守監督
攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL(1995年)
イノセンス(2004年)
(2)神山健治監督
攻殻機動隊 STAND ALONE COMLEX(2002年)
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG(2004年)
攻殻機動隊 S.A.C. Solid State Society(2006年)
(3)黄瀬和哉監督
沖方丁脚本
攻殻機動隊 ARISE(2013年)
原作を基点として、
映像作品を分けてみると、3つの異なる世界になります。
公開時の年を表記しておきます。
原作を含めると、『攻殻機動隊 ARISE』が、第4の攻殻と言われるそうです。
思い出した、朧気な記憶ながら、やっていきます。
(1)
全てのはじまり、
『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL(1995年)』
の主人公草薙素子は、自立した大人の女性を、超越して、神懸かり的なイメージがあります。
今になって思うのですが、一般人には感情移入できないキャラクターです。
社会的犯罪の解決に取り組む、正義的感覚より、人間と機械の境界への知的探究心、真理の求道者の旅に付き合った感じでした。
押井監督、素人(=当時自分16才子供)には、難しいよ。
CGが当たり前でなかった時代、細部まで書き込まれた描写、義体を駆使したアクションは、最高にクールだったけどね!
さらなる進化のために、機械と結婚までします。
すごい発想だな‼︎
着いて行くのに必死です。
ラストで、バトーが別れを告げる素子に対して、特別な感情を現すシーンがあります。
この想いは、バトーが主人公になる『イノセンス』へ。
別次元で、繋がることはないのですが、TVアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMLEX』シリーズへ、続いていきます。
この要素は、今後、匂わす程度の演出から、もしくはストーリーの主軸といっていいかというほど、要所要所で、丁寧に描いてくれています。
『イノセンス』なんかは、特に顕著じゃないかな。
人間から義体へ、肉体を持つという概念さえ脱け出した、マトリクスの彼方へ消失した、素子への心残りだもの。
近未来小説、社会派ドラマ、SFアクションというジャンルに留まらない魅力を、映画から創造してくれた、監督に感謝。
未完成ラブストーリーのはじまりですよ。
これをはじめて予感した映画ラストで、ファンになりました。
原作バトーは、映画やアニメ程、素子に対して執着があるのか、漫画1巻しか読んでいないので、分かりません。
ネットは広大です。
残り(2)(3)まで、続きます。