『まだ化け物が出たと決まった訳じゃない』
『しかし、昔の山狩りのことといい、偶然とは思えない。あの騒動から大分時間が経ったとはいえ、繋がりがあるのでないのか。とても人間の仕業とは、思えん』
『死体も見つからないのだ。生きている保証もないが、喰われた証拠もない』
『京から鬼が逃げ出したなど、そもそも馬鹿げた話だった。そんなもの、誰が信じる』
『もし本当だとして、鬼はどこにいる?どう探す?噂も広がりつつある。いつまでも、村人に隠し切れないぞ』
村の重鎮を集めた会合は、混乱を極めていた。
行方不明者が増えていることに加え、事の原因が分からないことの方が問題だった。
そして、冬を迎えてしまえば、村は雪に閉ざされ、孤立してしまう。
早期に解決の糸口を、見つけなければ、村が逃げ場のない餌場と化すかもしれないのだ。
皆の表情は、一同に青ざめていた。
人喰い鬼など、非現実的な存在を信じざるを得ない理由は、十年前にあった。
京の寺院に封じられていた鬼が、解き放たれたというのだ。
お上はただちに捕まえよ、というお触れを出し、さくやたけの住む村の隅々まで、捜索の手が及ぶことになったのである。
およそ妖怪退治に縁のない、村人たちまでが、狩り出されたのどある。
京の絵巻物にしか、見ることのできない鬼などを、熊猪を追うようにするものと同じにされても、困る。
こんなものは、僧侶や祓い師の仕事で、農民の出る幕ではない。
いざ、人智を越える化け物の危険に晒されるのは、下々の人間なのである。
村人にとっては、大層迷惑な出来事であった。
みえないものの恐怖に怯えながら、山狩りを行った末に、何も見つかることはなかったのである。
皆という皆が、振り回され、疲弊させられた。
さくがまだ子供の頃の話である。
『当時、徳を積んだ高僧を二人、喰い殺したと聞く。ただの農民の俺たちに何ができる?』
『しかし、賢い野郎だ。いなくなっても、騒ぎにならない者ばかり、狙っていやがる。金持ちには、手を出さねえ』
『何故、十年経った今になって•••。何故、今になって、人を襲いはじめる?村に潜んでいたというのか?まさか、』
空気が張り詰め、暗い沈黙が、その場に降りた。
誰もが疑い、誰もが信じたくない事実であった。
疑問を口にした者も、二の句が継げない。
言葉にしてしまえば、今にも全てが狂い出してしまうのを、恐怖しているかのようであった。
深い溜息が、落ちる。
『疑っちゃならねえよ。例えそうであっても、この狭い村で、お互いを疑い合ってみろ。誰もが、怪しく見える。その後はもう、本物の鬼どころじゃねえ。
•••皆、分かっているな?』
冷静な一人が、重く皆に釘を刺した。
全員が息を呑んだ。
問題は、そう単純ではないことを、無言で悟ったからだ。
『しかし、必ず鬼はいるんだぞ?ただ食われるのを、待っているのか⁈
』
『奴は一度に多くを攫わない。できれば大事にならず、穏便なやり方を好むのは、捕まらずに、この村に隠れていたい理由があるからだろう。とにかく、今は一人になるのを、極力避けることだ』
『そんなことしか、策はないのか』
一人が、悲愴な声を上げる。
『冬が来る前に、坊主か、山伏か、拝み屋でもいい。探してこよう。何もしないより、マシだ』
『鬼か。本当にそんなものが、いるとは•••』
一人が虚脱したように、項垂れる。
村人が、一人一人と消えていっているのは確かなのに、誰一人、その鬼の姿を見た者はいないのだ。
なす術ない、みえない危機に、皆が静かに震えていた。
つづく