演出の元、愛知プロデューサーの元、パフォーマーをおよそ50名。衣装や道具も。
そこそこハードな現場だった訳ですが、新しい試みを実はしていました。
本来ならこーいう催事エンターテイメントにこそ、表現者や役者の力が必要だと思っている。
自分も表現者であります。そこが生きる道なのだということも理解しています。
が
【役者を役者として起用しませんでした。】
なぜなら
今、自分の心持ち的に、
役者同士で
縁ていうものを無下に扱い、自分の私利私欲が先立ち、お金というものが大きくなにかを捻じ曲げている。
そう感じているからです。
(こーいうこと言うから、次回とか出てくれないだろう)
実際、自分がプロデュースした舞台とかはもちろん役者さんにお声がけして、作品を作り上げて貰ってます。なくてはならない存在ですよ。
作品を作る上で、自分が一番重要視しているのは環境です。何をするにも環境が悪いと、終わった後にシコリが残ります。それが一番嫌なんです。頑張ったのに、マイナスに働くなんて嫌だ。
その環境は役者だけではなく、私自身も含まれるんです。当然ですよ。
【環境は、人が作る。人は、環境が作る。】
今回、その合戦では、殺陣が好き。合戦が好き。歴史が好き。好きという気持ちを優先でお声がけしました。そういう人を選びました。
終わった後の感覚は全然違いました。
終わった後、気持ちいいんですよ!
お金の話をすれば
こんなに素敵な環境で、たくさん学んだのに頂けるのですか!?
という声が多数。
当たり前です。それだけの事をやってのけたのですから薄謝でも私は支払いたい。それは愛知のプロデューサーなどとも志を共有していました。
でも、その言葉がなによりも嬉しいのです。
苦しいんです。薄謝だから。
泣いている部分が多々あるのは承知。きっと出演してくれた人もそう思っているだろう。
では、実際、自分の舞台の時はどうか?
必死にプロモーションして、資金を集め、赤字覚悟で、それでも役者には薄謝でも支払います。
でもね。
最近これを言われた覚えはあまりない。
(忘れていたのだとしたらパンチしてください)
私は、これを思いやりの欠如だと思ってます。きっと他でもそうなのかな?
なんて思ったりします。
だって、恐ろしほどの労力とお金と、言えば赤字をかぶっているのですから。
よく、すんなりと平然と受け取れるなぁと。
なぜこんなに言っているかというと。
舞台やイベントはチケットの販売が要なのは変わらないですよね?
だからこそ、一丸となってプロモーションする。
それが、かなりの重要だ。断言する。
ここ頑張らないのはどうかしてる。
今回は、いつもは殆どないのに、出演者から発信をしたいのですがどうしたらいいですか?という動きが生まれました。
感動した。
いつもは、言ってもやってはくれない。反応ない。あれは正直、あぁ他人事で痛くもかゆくもないから、そりゃしないよな。やらなくてもギャラは約束されているし。
(捻くれて考えちゃう時もあるほどです。)
ても、どんな媒体も宣伝は嬉しいものです。
私は何かに出ると、必ずそこを一番頑張るようにしています。
売れて損することはないし、やれることはやりたい。
表現するだけなら、他を使ってくれ。とも思っている。
宣伝はコンプライアンスの都合で出来ないこともあるでしょうけど、なら他の方法探したのかなぁ?と思います。
事実、今回のイベントもコンプライアンス上、発信は初めはNGだったのですが、説得して、更には頑張りを見てもらって、届けていただいて、最終的にはオッケーをもらいました。
言いたいって、本当に嬉しいこと。
逆に言えば、いつもは、自分が作る場合、他人事になってしまいら言いたいと思わせる事が出来てないのか。とも反省。猛省。
あぁ。ここに根元があるなぁ。
そう思ったんです。
楽しむ事。好きな事を楽しむ事。感謝と言葉。
自分が有名になりたい。有名になってチヤホヤされたい。認めてもらいたい。お金をもらいたい。
そんな思考が見えて仕方ない今の業界。役者。
正直、次回、その人達とやりたいともう一度思えるかとても不安だ。
その先に何を見ているんだろう。
人を笑顔にしたい。喜ばせたい。楽しませたい。
そして、それを全力で楽しんで、苦しんで、苦しむことも後で笑って。
人の幸せ
が、役者の価値の先にあるんじゃねぇかな。
アイドルは笑顔でいる事が仕事ではなく、笑顔にさせるのが仕事。
表現者は、当たり前のように人を喜ばせ感動させ、生活の中で、その感情によって充実してもらう。
それが仕事じゃねえのかな?
なんか、いまは、捻じ曲がって見えるから、すごく嫌だ。そんな世界に今いるかと思うと、悲しくて仕方ないね。
嫌気がさすよ。
悲しいね。