私のアートグループは順調に仕事を進めているように感じていた。が、全体の制作進行状態は停滞していた。ゲームの方向性に著しい躊躇が見えてきていた。日本にある本社からの指示とロスの現地法人での進行状態に矛盾が生じていた。これは日米文化の壁と遠距離でのコミュニケーションの障害から生まれた難儀であった。日本側からの指示により、ゲームの基本的な部分の変更が何度か繰り返される。しかし制作に進歩が見られない。それどころか、後進しているようにさも感じることがある。全体のおぼろげなゲームの方向性は見えても、具体的にどんなゲームにするかは誰にも分からない。日本側と米国側のいらいらは募るばかりだった。何年も同じ業界で働いた結果、かなりの年数が経ってから分かったことであるが、新しい制作チームの場合は特に、日米文化の壁とは関係なくこういった方向性の脱線は当然に起こるのだ。脱線の際、制作期間が十分に残っているうちに方向性を立て直すことができるかできないかで制作チームの存続が決まる。立て直すことができない場合はゲーム制作を中断せざるを得なくなってしまう。制作中止の場合はほぼ確実にチームは解散。つまりチームに属していた社員は職を失うのだ。もしも立て直すことができたなら、一定の方向性で制作完了となりゲームは商品化される。発売後は、商品となったゲームをゲーム誌やネット上での批評と共に商業成績を見比べ、続編を出すかどうか検討される。商業成績が悪いと、またここでチーム解散となることも少なくはない。ただ、このゲーム制作は私にとって初めての業界経験であったため、この不透明な方向性の時期を打破することがどれほど重要なものであるかは知るすべもなかった。

私の直接の上司、トムにはセクハラの傾向があった。私に直接迫ってきたわけではないが、親密度の高い質問をしてきたり、体が触れる位置にわざと座ったりと、居心地を悪くさせる行動が続いた。同僚の話からすると、トムのセクハラ行動は他の女性社員数人にも及んでいるということだった。我慢しきれず、とうとう部長格のトムの上司に報告した。その後、部長はトムと話してくれたようで、トムのセクハラ行動はぴったりと止まった。実際おかしな話なのかもしれないが、セクハラを除いてみるとトムは実に良い上司だった。指導が上手で、いろいろなコツと技術を説明しながら教えてくれた。トムの指導のお陰で仕事が楽しかった。また、トムは普段は人を見下すことが多かったが、私に対しては尊敬の意を示してくれていた。仕事の分担の仕方や私の担当した仕事の評定によってそれは明らかだった。つまり私におもしろい仕事を回してくれたのだ。おもしろい仕事は目立つものが多かったため、良い仕事をすると私の評定も必然的に高くなった。私が個人的な事情で困ったときは、わざわざ自分の財産を犠牲にしてまで助けてくれることを提案した。さすがにそれは丁寧に断ったのだが、真の友情を確信できたようで嬉しかった。

ゲームの制作チームは全員で100人ほどの大きさだった。大きく分けるとチームは、エンジニア、ゲームデザイン、アートの3つの分野に分かれた。私はアートの分野で、更にアート内でも5つほどの小さなグループに分かれたその一グループに属していた。仕事部屋は二人が一部屋を共用する形で、たくさんの小部屋が並んでいた。私の仕事部屋はジェニーという女性と共用することになった。部屋は別々でも社員は自由に各部屋を訪問することができた。自由な雰囲気で、同僚と交流を深めることは簡単だった。お昼や夕食を一緒に食べたり、週末にハイキングに行ったりと、次第に同僚と友達としての付き合いも増えるようになった。ジェニーにはボーイフレンドがいたが、いつも二人の仲が揉めているようであることも電話の会話上明らかだった。部屋を共用しているとついに電話の会話が聞こえてしまうのだ。私の直接の上司は、私の属しているアートグループのグループ長トムという人だった。トムは3Dアニメーションの知識が豊富で、私にとって彼から直接学ぶ技術は貴重だった。ただ、トムは多少人を見下す癖があるようで、社内では彼のことを良く思っていない人は少なくなかった。