「………………。」
「………………。」
目の前には、普段でさえ大きな瞳を、さらに見開いて見つめてくる愛しい少女。
向かい合い、見つめあっているのだけれど…。
彼女は、俺を見ているようで、見ていない。
全然違う、遠くを見つめている。
……そう、それは、まるで自身の過去を見つめているような瞳で……
「あ…いや、その……。現実的に言えば無理なのは分かっているよ?でも、俺としてはそれくらい望んでいるんだってことを知っておいてほしくて。」
「………………。」
混乱させたかもしれないと思い、言葉を重ねる。
分かっている。どんなに望んだとしても、毎日なんて無理だ。
俺も彼女も仕事や学校と忙しい身なのだ。
そもそも、俺は仕事の関係で地方ロケや海外ロケだって結構な頻度、あるし。
帰ってくるのが日付を超えてしまうことなんて、ほぼ毎日なのだ。
最上さんだって、関係者からものすごく期待をされている新人。
普通の新人以上に忙しい身の上だし、まだ高校生だから勉強だって頑張らないといけない。
そんな俺たちが、一緒にご飯を食べるなんて。
俺がリクエストしたものを毎日作って食べるなんて、夢のようなことが実現するとは思っていない。
ただ、知ってほしかったのだ。そう俺が望んでいると。
だって、俺は……
「俺、食事に本当に無頓着だから。俺のために作ってくれる料理のおいしさなんて、君が作ってくれるまでは分からなかったし。」
それは、彼女に会うまで感じなかった『食』に対する喜び。誰かが俺のために心をこめて作ってくれる料理のおいしさを、彼女が教えてくれた。
「それに、一人の食事って、時々すごく寂しいんだ。別に大人数で食べることを望んでいるわけではないけれど…。その。一緒にいて楽しいな、と思える人と食べると、美味しく感じるものだろう?」
それは、彼女に会うまで感じなかった『食』に対する楽しさ。
これに関しては、もう10年も前に最上さん…いや、『キョーコちゃん』に教えてもらっている。二人で分け合って食べたアイスのおいしさは、未だに忘れられない思い出だ。
あれほどおいしいと感じたアイスは、あの後、食べたことがない。
そして、彼女と再び食卓を囲むことになる日まで、食に対する喜びも楽しさも、感じることはできなかった。
「も、最上さん……?」
「…………………。」
だが、彼女にとって単なる先輩の域を出ない俺との食事というのは、どのような意味があるのだろう?
もしかしたら、義務的に仕方なく付き合ってくれているのだろうか……。
俺と二人で食べる食事は、嫌、なのだろうか……。
ひやり、と背筋を冷たい汗が流れ落ちる。
心からあふれ出た想いを、何も考えずに伝えてしまったけれど……こんなに正直に伝えてしまったら、迷惑がられて断られるかもしれない。
「……それは……どういう、意味ですか………?」
「え……?」
拒絶の恐怖に震えかけた俺の耳に、彼女の途切れ途切れの言葉が届く。
「どういう、意味ですか……?」
「?どういう、意味って……。」
俺を見つめる彼女の瞳。
その瞳が、潤んでいる。
「俺は、君の作ってくれる料理が大好きだよ。」
「………………。」
思わず、言葉が飛び出した。
彼女の潤む瞳を見ていると、本当の想いを伝えるべきだと、本能が悟った。
「君と一緒に食べるご飯はとてもおいしい。君が美味しそうに食べる姿を見ると、とても幸せな気持ちになる。君と分け合いながら食べるご飯は、暖かな気持ちになる。」
「………………。」
「君が、俺の家のキッチンに立って軽快な音を響かせながら野菜を切っている姿を見ると、幸せだと思う。玄関を開けた瞬間に漂ってくるシチューやお味噌汁の香りに気持ちが安らぐ。」
『おかえりなさい』と。料理と共に俺を待ってくれる彼女の姿に、どれだけ癒されたか。
ここが帰ってくる場所…いや、帰ってきていい場所なのだと、言ってくれているようで。
どれだけ安心したか。
最上さんがいなくても、このキッチンに入れば、彼女が揃えたキッチン用品が見える。
『まるでモデルルームみたいだ』と社さんから指摘されたこの家で。
唯一、生活している様子が見える場所がこのキッチンで。
その『人としての営み』の場の女神は、最上さんで。
彼女は、俺の心の指針。どれほど揺らいだとしても『そこ』が帰るべき場だと俺の羅針盤が示すその場所。
そして、その彼女の傍には、いつだっておいしそうな料理がある。
「泣かないで、最上さん………。」
俺の帰るべき場所を照らす女神は、今、泣いていた。
俺の目の前で、ホロホロと大粒の涙をこぼしている。
「どうして泣くの?……俺の想いは、重たかった?」
「…………っ!!」
そぅっと、少女の頬に触れる。
拭われることなくこぼれ続ける涙をぬぐおうとしたら、フルフル、と小刻みに顔を横に振られた。
「最上さん……?」
これは、触れることの拒絶かと、少し距離を置こうと一歩、後退した。
その瞬間に。
華奢な体つきの俺の女神が、俺の胸に飛び込んできた。