「お米の研ぎ方、教えてくれる?」
「……私なんかで、よろしければ。」
コメの研ぎ方の教えを乞うと、目を丸くしながらも頷く愛しい人。
「うん。ありがとう。じゃあ、さっそく始めようか。」
「……え?は、はい。……ん?あれ?んん?」
なぜか異常に動揺をしている少女を連れて、俺の家の中で唯一、彼女が『テリトリー』だと思い始めている場所へと足を踏み入れた。
「そうですね、まずは包丁などの刃物がないほうが望ましいです。火力スーパーの炎の鉄人状態も危ないと思っていたので、米の研ぎ方から入るのは正しい流れですよね。それに、日本男児たるもの、やはりパンよりお米!!お米です!!」
「う、うん……。」
正直、生粋の日本男児ではないのだけれど、それを知らない彼女に否定する言葉を吐くつもりはない。
というより、今、目の前で米の入った袋にハサミを入れようとしている彼女は俺に語りかけているというより、自分自身に納得をさせるべく話をしているようなので、相槌を入れることが正しいのかも不明だ。
「……そもそも、米を洗えないとはどういうことなのかしら……。いえ、まぁ、家庭科で習った?って聞かれたら、ちょっと記憶がアヤフヤなところはあるけれど……。でも、それって習う、習わないの話じゃないような気がするし……。それに、今は無洗米という洗わないでいいお米があったりする時代だしね。…あら、そういえばこの前のマウイオムライスの時のお米って、どうやって準備したのかしら?」
「スーパーにあった炊いた状態のご飯を使ったよ。」
「そうそう、思い出したわ!!魚沼産コシヒカリの炊き立てご飯とか買っちゃうから、記憶の彼方へ吹き飛ばしたんだった!!」
……多分、彼女は会話が成立しているとは思っていない。今、ひたすらブツブツと話している内容も、口から出ていると思っていない様子だ。
「魚沼産コシヒカリの炊き立てご飯を使用」というところで、大口を開けてピシャーンと固まっている少女の手からハサミを抜き取り、とりあえず袋の中を覗き込む。
「………まぁ、いいか。」
未だ固まる最上さんが指導してくれないので、次にどうしたらいいのか分からない。
……分からないが、米を炊くわけだから。
「ぎゃ~~~!!敦賀さん!!どうしてそういちいちワイルドなんですか~~~~!!」
「え?何が?」
「何がじゃないですよ!!お米はちゃんと測ってください!!そんな適当に炊飯器にいれようとしないでください!!そもそもまだ洗ってない!!」
「……え?この中で洗うんじゃないの?」
「違います!!って、どうして右手に洗剤を握りしめているんですか!!それをどうする気ですか!?」
「……え、米を洗うんだから………。」
「モ~~~~~~!!!敦賀さんは何もしないでください!!やっぱり料理中のキッチンには立ち入り禁止です~~~~!!」
「モー、モー!!」とものすごく怒りながら、俺が抱える炊飯器の内鍋を奪い取り、その中に入れられた米を別の容器に入れてしまう。
「こんなに食べられるわけないくせに!!何考えているのかしら、モ~~~!!」と、彼女の友人が憑依したかのようにモーモーとひたすら文句を言い続けている。
「あ、あの……。教えてくれるんじゃ………。」
「敦賀さん?」
「は、はい……。」
あまりに怒り狂う彼女を伺い見ながらも、それでも『デキル男』を目指す俺は、勇気を振り絞って米の入った器を受け取るべく、最上さんに手を差し出した。
すると、最上さんは優しい声で俺を呼ぶ。
「役者は他の役者の技術を、時に目で見て盗みますよね?」
「え……。あ、うん。そうだね。」
「まずは見て。それを真似て。それでもうまくできなければ、様々な方法で知識を得ます。先輩に教示を受けるもよし。本などの文献で調べるもよし。」
「……う、うん。」
「敦賀さん。」
「はい。」
「今日のところは、まず、見ましょう。」
「え。」
「見ましょう?」
に~~~っこり、にこにこにこ、ととてつもなくいい笑顔を向けられた。
「……………はい。」
「そうですね、いい選択です。教えがいのありそうな生徒さんで、私、と~~~っても嬉しいです。」
にこにこにこ、と素晴らしくいい笑顔だ。
怒っている表情ではないけれど、ものすごく怒っていそうである。
……いや。「いそう」ではなく、怒っている。そして、今日は本気で教えてくれる気がないのだ。
「でも、大丈夫ですよ。」
「え?」
「敦賀さんのことですから、すぐにできるようになります。やり方が分からないだけですもの。」
「ね?」と。
少し落ち込んでしまった俺に優しく語りかけてくれる最上さん。
「……………。」
「?どうしました?敦賀さん。」
優しい笑顔で俺に語りかけてくれた彼女を見ていると、思ってしまう。
「君は、いいお母さんになりそうだよね………。」
ちゃんと叱って。でも、やろうとしていることは肯定して。
次にやるべきことを示した上で、やる気を刺激してくれる。
ただ叱るだけでもなく。ただ全てを肯定するわけでもない。
現状を否定するだけではなく、これからの向上を信じてくれる。
そんな言葉をくれる彼女は、きっと素敵な『お母さん』になるのだろう。
そうなった場合、『お父さん』はぜひ俺がなりたい。
二人で、時に厳しく、時に優しく、その才能を肯定し、信じてやれる『両親』になりたい。
女性と一緒にいて、男女の関係ではなく、その先の『未来』にまで夢を見たのは初めてだ。
本当に、彼女は『いい女』だ。
ゆるむ顔を抑えられず、おそらくフニャフニャとした笑顔を浮かべているだろうことは分かっていた。でも、そんな自分を止められない。
目の前には、俺のそのゆるゆるした表情に驚いたのか、目を見開く最上さんがいた。