「こんにちは、敦賀さん。」
「いらっしゃい、最上さん。」
扉を開ければ、満面の笑みを浮かべる可愛らしい少女。
左右の手には大きなエコバックを持っている。
「重かったろう?大丈夫?」
「大丈夫です!!私、これでも腕力には自信があるんですよ?何せ飲食店でアルバイトしているんですし!!」
「うん……。そうだろうけれど……。こんなに荷物があるなら、俺も一緒に買い物に行くのに。」
「ダメですよ!!いくらセキュリティがちゃんとしているマンションでも、『敦賀連』のスキャンダルネタを得ようとしているパパラッチ共は大勢いるんですから!!最近、狙われていらっしゃるんでしょう!?」
「いや、でも地下のスーパーで買い物してきたんでしょ?そこから俺のマンションの中に入れるんだし。それほど騒ぎにはならないと思うよ。」
一緒に買い物もできるし、可愛い最上さんに荷物を持たせるようなことはしなかったのに。
「いえ、地下のスーパーは使っていませんよ?」
「え!?」
「え、だってあそこ、値段が2倍くらい高いじゃないですか。ブランドにこだわるならともかく、私はあまり気にしませんし……。」
「………どこで買ってきたの、それ?」
「………。あの、ここから自転車で10分くらいの……スーパーでございますが……。」
「……それ、どこに入れて運んできたの?」
「………。え、あの……今日は、女将さんからママチャリをお借りしましてですね……。前と後ろのかごに。後ろのかごはとても大きいので、余裕で二袋分入りましたが。」
「……………。はぁ………。」
「え!?な、なぜにため息を!?」
慌てる少女を前に、俺はため息をつくことしかできなかった。
いつまでたっても芸能人らしくない俺の愛しい少女は、本日もその自覚なくここまで来たらしい。
「あ、大丈夫です!!ママチャリはマンションには止めていませんよ!?この近くに駐輪場があるので、そこに止めてきました!!」
「何が大丈夫なんだ……。」
「え?この超豪華マンションにママチャリは似合わないという話ですよね?」
誰もそんなことは言っていない……。
俺は本日二度目のため息を盛大に吐き出してやった。
「え?え?あ、じゃ、じゃあ……敦賀さん、もしかして食材にはこだわる方なんですか?ブランド牛しか食べないとか、そういう……?」
「……俺がそんなタイプに見える?」
「……。……そうですよね。」
「コンビニおにぎりとか食べちゃう人ですものね……」という最上さんの唇がアヒルのように突き出ている。……こら、そんな顔をしていると、その唇をつまむぞ。
「あの……。それならどうしてそんなにため息ばかり吐くんですか?」
「本当に分からない?」
「………はい。」
俺の呆れた様子だけは十分に理解できたのだろう。
最上さんは、しばらく逡巡した後、尋ねてきた。
「とにかく、家に入って。話は中でしよう。」
「あ、はい。えっと、おじゃまします。」
最上さんが左右の手に持つエコバックを奪って、俺は少女を家の中に招き入れた。
……俺としたことが、こんな重い荷物を持たせたまま、玄関先で立ち話をしてしまうなんて……。久しぶりの逢瀬に、どれだけ浮かれていたんだ……。
「随分重みがあるね。何が入っているの?」
「あ、そうですね。今回はお米が入っていますから。」
「え!?お米!?」
「えぇ。だって、この前使い切りましたし。どうせあれから買っていないでしょう?」
「…………。」
「お米がないこともご存じなかったんじゃないでしょうか?」
にっこり笑いながら靴を脱いで下駄箱側に寄せる少女の背中を見つめ、返す言葉を考えるが……残念ながら浮かばない。
「大丈夫です、分かっていましたから。むしろ敦賀さんがお米を研いでいる姿なんて想像できませんし、何もされていなくても私、落胆も呆れもいたしません。」
「…………。そういう期待されていないところが、呆れられている要素だと感じるんだけれど。」
「そんなこと、申し上げていませんよ?」
まるで高級旅館の女将のような完璧な営業スマイルで笑われても素直に受け取れない。
彼女の笑顔の裏側を全て読み解けるようになったわけではないが、元来、素直に感情を表現する少女の完璧すぎる笑顔はとにかく胡散臭いんだよな。
「………最上さん。」
「何ですか?敦賀さん。」
「ぜひとも君に、お願いをしたいことがあるんだけれど。」
「はい、何でしょう?」
「……お米の研ぎ方、教えてくれる?」
このまま、家事全般何もできない、家庭では役立たずの男認定されるのは辛すぎる。
これでも食以外に関しては器用にこなせる自信があるんだ。
だが、それを彼女に披露する機会が現在、あるわけがなく。
マウイオムライスに始まり、妹にせかされないと着替え一つしようとしないある意味グータラ兄貴『カイン・ヒール』のイメージを植え付けた結果、最上さんの中の、家庭での俺のイメージは『ダメダメ男』だろう。
それから脱却して、家でも『デキル男』と思ってもらいたい。
その第一歩として、俺は彼女へ日本人の基本中の基本、コメの研ぎ方の指導を願った。