そんな俺の内心を知ってか、社さんは軽くため息をついて「蓮。」と子どもを宥めるような声で話しかけてきた。
「させない方法は、合法のものか?心が伴っていなければ、それはもう『破局』と一緒だろうが。」
「…………。」
「お前だって、キョーコちゃんのあのコロコロ変わる表情が好きなんだろう?元気に走り回って、予想もしないような発想でかき回してくるところが好きなんだろう?人形のように、大人しくお前の隣に座っているだけの彼女でいいのか?」
いいわけがない。
でも、だからといって、一度手に入れた至宝を手放せるわけがない。
「そんな顔するな。」
「……そんな顔って、どういう顔ですか?」
「情けない面だよ。男前でも、見られたものじゃない。」
『情けない』と評した俺の顔を笑いながら見つめ、ポン、と肩を叩かれる。
「大丈夫。キョーコちゃんはお前のことを愛してくれている。」
「……はい。」
「今は少し、自分に対する評価が低いだけだ。そういう自信をつけさせていくのは、恋人になったお前の仕事だろう?」
「そう、ですね。」
―――……彼女の魅力は俺だけが知っていたらいい。-――
過去に思ったことがある。そして現在も、そう思わないこともない。
まだ多くの人が気づかない、大きな原石。
磨き上げれば、誰も無視することができない、世界の秘宝。
『敦賀さんに想われる資格なんて、私にはありませんが……。』
『私のことで、少しでも気になることがあったら、言ってくださいね!!すぐに改善できるように努力しますから!!』
その、磨き上げる前の巨大すぎる原石は。
未だ、自分の評価が低すぎる。それゆえに、俺の希望に添えるようになろうと無駄な努力をしようとする。
「キョーコちゃんがちゃんと気づいたら、ラブミー部卒業で、晴れてお前たちの仲を公表するんだったよな?」
「はい。」
これからの俺の仕事は、キョーコに彼女の魅力を伝え続け、今のままでいいのだと、知ってもらう事。
向上しようと努力することは大切だ。だが、それが何かに強制されたり、過剰であると、いつか潰れかねない。
そして社長は。
俺がキョーコの現状を把握することで、彼女をがんじがらめに自分に縛りつけようとする未来があることも予測している。
だからこそ、彼は俺に言った。
『愛する女にくらいは、お前のことを全部話してやれ。』と。
多分、それこそが本当の『ラブミー部卒業』の試練。その試練に向かうのは、キョーコではなく俺の方なのだ。
「…ふぅ~~~~~~……。」
「おいおい、えらく長い溜息だな。」
「……幸せは、幸せなんですけれどね。」
キョーコを愛し、キョーコに愛されている。それを実感できる今は、とても幸せだ。
だがきっと。貪欲な俺は、今後、それだけでは満足できない。
彼女の想いを疑うこともあるだろう。
芸能人として。そして、俺の彼女として釣り合う存在になろうと、現状の彼女で満足している俺を無視して、少女は高みを目指しているのだから。綺麗になるキョーコに、想いを向ける異性はこれまで以上に多くなる。
だからこそ。
俺も、乗り越えなければならない。
「もっと、幸せになるために。…頑張りますよ。」
……こんな自分は受け入れられないかもしれない。幸せになる資格なんてあるわけがない……。
そんな想いが、膨らむ時もある。けれどもう、俺は選んでしまったのだ。
幸せになるための未来につながる少女の手を。そして、その手を離すことはもうできない。
だから、全てを打ち明けよう。
「俺の想いの全てを、彼女に理解してもらうために。」
その先にあるのは、きっと。
『コーン』の正体を知り、騙されたことに気付いて一ヶ月くらい口をきいてくれないキョーコと。
そんな親友を見て、敵意むき出しににらみつけてくる琴南さんと。
落ち込む俺を必死に宥める社さんと。
そんな俺たちの人間模様をワイン片手に心底楽しむ社長の姿だろうけれど。
それも悪くない未来だ。
だから、キョーコ。その未来を超えた先には、100点満点の答えをちょうだい?
―――俺が君を恐れる理由。君に会ったら話をしたくて、こうして触れたくなる理由。……その理由を―――