「ほら、しよう。」
「え、ちょっ、つ、敦賀さん、近づいてこないでくださいよ。」
右手を掴んだままの最上さんに身体を近づけると、その倍くらい後退される。
だから、再び距離を詰めると、また彼女は後退していく。
そうして少女は、自ら逃げ場のない壁へと追い詰められ。
そして俺は、無垢なる乙女と距離を詰めていく。
「あ、あの、敦賀様。」
「ん?なんだい?最上さん。」
「分かっていらっしゃると思っていたのでお伝えしませんでしたが。」
「うん。何?」
もはやお互いの表情さえも分からぬ至近距離。
唇の温度までもが分かりそうなところで、若干顎を引き気味に問いかけてくる彼女は、とても往生際が悪い。
「わ、私では、その…呪いを解けませんが……。」
「そんなことはないよ。君こそが、俺が愛しているただ一人のキョーコちゃんなんだから。」
「ですから!!そう思い込んでいるのは呪いのせいなんですよ!!呪いをかけた人間に口づけして、とけるわけがないでしょう!!」
「じゃあ、俺はどこの『キョーコちゃん』に口づけをすればいいのかな?」
「敦賀さんの『キョーコちゃん』に口づけをしたらいいんです!!」
「そうか。じゃあ、やっぱり俺のキョーコちゃんに口づけをしなくては。」
そう言って、そっと少女の柔らかな唇に触れる。
「んっ!!」
その瞬間に、身体を強張らせた少女。
逃れるように動く頭部をそっと固定し、触れるだけの唇の感触を楽しんだ。
「あぁ……大変だ………。」
数秒間の至福の時を経て、そっと柔らかな唇から離れる。
ギュっと固く目を閉ざし、全身を強張らせた状態の最上さんを腕の中に囲い込みながら、呟く。
自分の口からこぼれ出た声は、これまでの人生の中で一番熱に浮かされたような響きを伴っていた。
「まずいな、最上さん。」
「ふぁ……。」
「触れる前より、君のことが愛しくなってしまった。」
これは初めての、『鶴賀蓮』と最上キョーコの口づけ。
『鶴賀蓮』にとって、愛した女性との初めてのキス。
「『呪い』が強くなったという事かな?」
「だ、だから……だから、私じゃダメだって、言ったのに………。」
「俺がかけた君への呪い…いや、『魔法』は、どう?俺のこと、嫌いになった?」
腕の中の華奢な身体を抱きしめる。
トクトクトク、と早く激しく打ち付ける、最上さんの鼓動の音が愛おしい。
「嫌いになれるわけ、ないじゃないですか………。」
「そう。それなら、俺の魔法はまだ効いているね。よかった。」
腕の中の少女の声は震えている。
そんな彼女の頭頂部に「チュッ」と軽いリップ音を響かせながら口づけた。
「どうして、私とキスするんですか……。」
「俺が好きなキョーコちゃんが君だから。」
「だからっ…!!敦賀さんが好きな『キョーコちゃん』は別の女性ですっ!!」
未だ俺の想いを認めない最上さんの柔らかな髪に顔をうずめながら答える。
「でも、今大好きなのは最上キョーコちゃんだし……。」
「きっと、本物のキョーコちゃんを見たら思い出します!!その時に後悔しますよ!!」
「ん~~~……。そうだなぁ……。」
『クオン』の話をすることは……まだ、できない。
俺自身がまだそれを許すことができないから。
だが、このままでは、俺が大好きな『キョーコちゃん』が別人であるという彼女の主張を否定する材料がない。
では、どうするか。
「そうだ。」
「ふぇ?」
「だったら、これから俺は、出会って好きだと思った『キョーコちゃん』を口説いて、口づけをすることにしよう。」
「……………。え。」
俺の腕の中。
小さく震えていた少女の震動がピタリと止まる。
「…………………ボソッ」
「…誰が天然プレイボーイだ」
「…………………ボソッ」
「じゃあ年中発情野郎じゃない。」
しかも2つめの発言の方がひどさが増している。
「『キョーコ』という名前の女性が、どれほどいると思っているんですか?」
「そうだね…どのくらいなんだろうか?まぁ、全員には一生かかっても会えないだろうね。」
「そうだとしても、敦賀さんは、今後出会う『キョーコ』さんにキスをしまくるわけですよね。……イケメンだから許される域を超えていると、私は思いますが。」
「いや、別に『キョーコちゃん』だから全員にキスすることにはならないだろう?俺が愛するキョーコちゃんにだけなんだから。」
それだと、唯一の人としか口づけをしないことになる。
もし毎日最上さんに会えれば、俺は毎日愛しい少女とキスをすることができるということだ。
………これは、俺にとってとてもお得な状況なのではないだろうか。
「……敦賀さん。」
「ん?」
「呪いをかけた私が言う事ではないことは重々承知で申し上げますが。…キスする前にはちゃんと相手の許可をとってくださいね?」
「え?とらないとダメ?」
「ダメでしょう、それは。」
「……嫌だって言われて諦められる気がしないけれどな……。」
「……………ボソッ」
「欲求不満男って……。間違いないかもしれないけれど、ちょっと受け入れたくない言葉だな、それ。」
「……………ボソボソッ」
「イケメン痴漢って……。それは褒めているの?けなしているの?」
ボソボソと俺をけなし続ける少女の悪態を聞きながら、穏やかな気持ちのままに返答をする。
そうこうしているうちに、彼女は突然、「昼食のお時間です!!」と叫んだと思うと、俺の家の台所に立ち、美味しいオムライスを含む料理を作り始めた。
時計を見ると、11時30分。…うん。確かにそろそろ昼食の準備を、と思い始める時間だな。…というより、それほど『食』が大事か。俺との愛の語らいよりも大事ということなのか…。
本当に愛されているのかという若干の不安を感じている俺とは対照的に、即席簡単(らしい)手作りケーキまで作ってくれた彼女は「お誕生日、おめでとうございます!!」と満面の笑みで祝いの言葉をくれた。
……ちなみに、今年は俺への誕生日プレゼントはないらしい。
「私の渡すものには、きっと『呪い』が含まれてしまいますから」というのが理由ということだった。…彼女らしい理屈だけれど、その理屈にのっとって、俺の愛用の羊枕までも没収されそうになったので、そこは断固として拒否をした。
その際にも、壮絶な舌戦を繰り広げたのは言うまでもない。
勝負に負けそうになった俺は、彼女が苦手とする『ちょっと大人な雰囲気』を漂わせて羊が欲しければキスしてみろよと脅したところ……泣きながら帰って行ってしまった。
その際にも『破廉恥魔王~~~!!』と叫ばれたわけだが……俺、今日で嫌われていないよな?
こうして俺の、本当に久しぶりに得たオフであり、22歳の誕生日は終わりを迎えた。
結局は、社さんの想像と違って、明日の俺もフリーではあるけれど、それでも、穏やかな心で休めるのはとても嬉しいことだ。
「さて、明日からが楽しみだ。」
明日も明後日も……これから毎日。どうか『キョーコちゃん』に会えますように。
そんな身勝手な願い事をしながら、明日からの仕事に備えるべく、眠りについた。