「これ以上、あなたを惑わすようなことをしたら…地獄にすら、居場所がなくなるかもしれません。」
「何を言っているんだ?」
俺が地獄に堕ちるのならば分かる。
それだけのことをしたと思っているし、この一生をかけても許されない罪を背負っているのだから、俺は地獄に堕ちる。
でも、最上さんに背負うべき罪などないだろう。
不破に向ける憎悪を知っている。
鬼や悪魔のような表情で、アイツに向かっていく姿を何度も見てきた。
清らかなだけであった少女は、もういないことは分かっている。
それでも、この娘は、地獄にいくほどの罪などない。
それどころか、救われた人間がどれほどいると思っているのか。
「私は、あなたに幸せがおとずれないようにと、ずっと願ってきました。」
「え?」
「……罪深い女なんです、私は。」
救われた人間の代表格たる俺が否定しようとする前に、突然出てきた信じられない言葉。
彼女が、俺の幸せを、願っていない。
俺を誰より幸福にしてくれた少女が言うには、残酷すぎる言葉。
「嘘だ。そんなはずがない。」
ユルユル、と勝手に頭が左右に揺れる。彼女の言葉を否定したくて自然と身体が動いた。
「いいえ。このことは、社長さんも知っていることです。」
「え?」
「確認をしてくださってもかまいません。……さんざんお世話になった先輩の、幸せを祈れないような最低女なんです。私は。」
静かに微笑む最上さん。
その瞳に、嘘の色はない。
「だから、私は地獄に堕ちます。けれど…せめて、その呪いだけは解いてください。」
「……………。」
「私のために。」と力なく微笑む彼女は、触れたら今にも消えてしまいそうで。
今の彼女を否定しようものなら、俺の手の届かないところに言ってしまいそうで。
それでも…それでも、彼女への想いをなかったことにはできなくて。
フルフル、と頭が横に揺れる。
言葉は吐き出せなくても、身体は彼女の言葉を拒否した。
最上さんは、彼女自身が発芽の魔法をかけ、俺が何度か枯らそうと足掻き、結局大切に育てることしかできなかった、大切な『想い』を消そうとしている。
愛しい少女がいなければ生まれなかった感情。
それを、愛しい少女自身に奪われようとしている。
ドク、ドクと心臓が脈を打つ。
胃が痛む。
頭が痛い。
「敦賀さん、大丈夫です。『それ』はなくても生きていけます。」
フルフル、と頭が揺れる。
「だって、それは、もともとはなかった感情なんですもの。」
「っ!!!!」
完全な、否定の言葉。
その言葉を理解した瞬間に、全ての音と、世界の色が褪せた気がした。