混乱しすぎて頭が回らない。
16歳だった少女は、18歳に成長している。そもそも、彼女は16歳の頃から「子ども」とは思えない、どこに出しても恥ずかしくない、立派なレディーだった。
高校進学が遅れてしまったから、まだ女子高生だけれど…それでも、業界に揉まれ、女性らしい色気まで醸している現状において、彼女が俺に似合わないなどという者は、業界にも世間にもいないだろう。
人気タレントであるとともに、女優としての地位も高い彼女が俺の隣に立って、誰が文句を言うというのか。
いや、違う。誰が何と言おうと、俺の隣には彼女以外立てない。
俺がそれしか望まないのだから。
「最上さん……。」
「………………。」
「どうして、俺の気持ちを否定するの?」
「否定なんて、していません。ですが、敦賀さんのその想いは、ニワトリによって誘導されたものであり、本当の気持ちではないんです。だって、それは呪いですから。」
「………………。」
その、『ニワトリ』の中身が誰なのか。
そんなことは、この彼女の土下座と、隣に置かれた包丁で分かってしまった。
生首的下手人の隣にいる彼女は、自首をしてきた共犯者といったところなのだろうか。
「『あの時』は、それでよかったのかもしれません。……敦賀さんは、本当に悩んでいらっしゃったから。」
「…………うん。とても、苦しかった。」
『あの時』……。
ダークムーンで、演じることができなくなった時。
『答え』はいくら考えても導きだせない。
本当の恋や愛を知らない俺には、嘉月の葛藤も、心の機微も、理解することなんてできなかった。
肌を合わせる熱さは知っていても、心を通わせる温かさを知らなかった。
全てを教えてくれたのは、『最上キョーコ』。
それなのに。
「君は、俺の君への想いを呪いだというんだね?」
「はい。それは、真実の想いではありません。そうである以上、そんな呪いは解いて、正しい感情を得るべきです。」
「俺が呪われ続けることを希望していても?」
「それでは本当の意味での幸せは手に入れられません。」
彼女は、土下座体制から、静かに上半身を起こした。
そして、彼女の前に立ち尽くす俺を見上げる。
目と目が、合った。
大きな茶色の瞳がまっすぐに俺を見る。
……『呪い』をかける人物にしては、純粋すぎる光を宿した瞳。俺は君からは、『魔法』しかかけられたことがないというのに……
「敦賀さん、大好きです。」
まっすぐに俺を見つめ、言葉ひとつひとつを噛みしめるように伝えられた、言葉。
一瞬、理解することができなかった。
……俺は、今。……告白、されたのか?
突然もたらされた、夢にまで見た彼女からの愛の言葉。
それに対して、俺が返す言葉はひとつだ。
いや、ひとつでは終わらない。
終わらないほどの想いが、俺の中では渦巻いている。
「俺も「いいえ。」」
その想いを伝えるべく、口を開いた。
それなのに。
「それこそが、ニワトリがかけた呪いなのです。…敦賀さんの、私へ向けてくださる『想い』は、本物ではありません。」
俺の目をまっすぐに見つめながら、断言をする最上さん。
「どうして、俺の想いを『呪い』や『偽物』だというんだ……?」
「『呪い』であり、『偽物』だからです。」
俺の恋の前兆に気付かせてくれたニワトリ。
あの時。
誰にも相談ができず、前に進むことができなかった。
かといって、後退することもできず、ただ絶望することしかできなかった、俺。
前に向かう道を示したのはニワトリだった。
ただ俺の話を聞いてくれて。
途中で何か妙な虫退治なんかをし始めて腹が立ったが、そのあと久しぶりに心から笑うハプニングを起こしてくれるのだから、さすがは俺のニワトリだ。
彼女…いや、『彼』は俺を導いてくれこそすれ、悪い呪いをかけるようなことはしなかった。
「敦賀さん。私は、地獄に堕ちるんです。」
「え……?」