「で、でも……!!だけどっ!!」
『坊君、王太子宮の裏手に、マロニエの木が生えているのを知っているかい?』
『その木が見えるところにな、ひとつだけ簡素な椅子が置いてあるんだよ。だ~~れも近づかない場所なんだが。そこにな、たま~~に、金髪に緑色の瞳をした幽霊が座っていることがあるんだ。』
今日も今日とて朝から一生懸命にほうきで廊下を掃いていた『坊』は、突然、王太子の親衛隊長と副隊長に挟みこまれて奇妙なことを言われた。
『あの。金髪で緑色の瞳といえば王太子……』
『いやいや、バカな!!王太子様といえばだぞ、坊君!!今、仕事が忙しすぎて休む時間なんて一刻だってない有様なんだよ!?』
『そんな方が、よもや休憩なんて取るわけがない。いや、取れるわけがないな。』
果たしてそうだろうか?適度な休憩は、仕事の能率を上げるには重要だと、ローリィはいつもキョーコを諭し、握っていた書類を横からひったくったものだったが。
『昔からたまにそこに幽霊が出るんだがな。今日も出そうな天気だと思っているんだ、俺達は。』
『そうそう。よく晴れた空!!ちょっと温かくなってきた気候!!絶好の落ち込み日和だよね!!』
……よく晴れた空。温かくなってきた気候。それが何故、幽霊が出る天気になり、落ち込み日和になるというのか……
色々と突っ込むべき言葉は胸に秘めて、坊の中の少女は、言われた通りの場所に訪れたのだが。
そこには……。
「…く…っ暗い…っ」
陽の光を浴びた髪は美しい輝きを放っているのに……その奥に、何もかもを飲みこんでしまいそうなブラックホールを作りながら重い世界を作っている青年が、いた。
……確かに幽霊、そして落ち込み日和!!……
青い空。暖かな気候。
全てを受け入れてくれるような空気の中に……突如現れた、死相浮かべる男と、ブラックホール。
それがミスマッチではないのだから恐ろしい。
どう考えても納得できなかった二人の男達の言葉を全て理解してしまった瞬間だった。
「~~~~~~っ。」
目の前には、確かにキョーコが会いたかった人がいる。
光から生まれたかのような眩い妖精のような人。
彼と会って、笑顔で話をして、そして………。
幸せそうに笑う彼の、その幸福を、傍で祈り続けようと、そう考えていた、のに………。
「むっ、無理……!!」
あんな重い空気を放つ男の傍に近付けるか。いや、近付けるわけがない!!
「そもそも、私のことに気付いてくれるかなんて分からないし……。そう、側近のヤシロさんって方が居るじゃない!!あの方なら、クオンより年上だし!!側近だし!!格好の相談相手でしょ!!」
そうと決まればこの場にいるわけにはいかない。
キョーコはそう思い、勢いよく方向転換をした。
……が。
「………でも……。」
河原で出会った『あの時』。
彼は、独りで物思いにふけっていた。
キョーコと別れた後、隣国に向かったことから察するに、すでに自身の運命を、クオンは知っていたのだろう。
そして、人気のない所で独りになって、自分の力だけで身に降りかかる運命を受け入れようとしていたのかもしれない。
―――彼は、自分の悩みを他人に相談できない人なのかもしれない……―――
10年前。
『あなた、妖精!?』
そんな彼に、王太子のことを知らない、世間知らずなおバカな女の子が無邪気に声をかけた。
だったら、今回は………。
「………よしっ!!」
想像していた再会とは全く違う。
神々しい笑顔を見るはずが、ブラックホールを従えた絶望の淵にいるような表情になっている相手に。
美しいドレスを纏うはずが、なぜか鶏の着ぐるみの中にいる状況で。
それでも、『彼』に会えるというのなら……。
声をかけてどうなるのかは想像もつかない。
うまく話を聞けたとしても、それはキョーコにとっては辛く悲しい彼の想いを聞かされる結果にしかならないだろう。
それでも。
どんな形でも、やっぱり会いたい。
そして会ったのならば、話をしたい。
話をして、同じ想いではなかったとしても、心を通わせたい。
―――それだけで。もう、充分……―――
「さぁ、行くわよ、キョーコ!!」
自分自身を奮い立たせると、恋する乙女は、偽りの姿を借りて。
彼女の愛を知らない残酷な王子様の前へと一歩、足を踏み出したのだった。