もし私の辞書に「すごい」という形容詞が無かったら、今日の一連の出来事を端的に説明することは難しいだろう。
しかしながら「すごい」という単語で片付けるのが気に食わないくらい今日は情動的な1日だった。
寒の戻りで風がしみるような1日でしたが皆様お元気でしたか?本日は私、安田愛実がお送りします。
明日は木場君がブログ執筆担当なので今回のブログで安田愛実のリアル活動報告回は最終回となります。(リモート活動で書けるといいのですが……)
今日は
①未来自治体のレジュメ詰め
②議会傍聴
③取材記事の作成
の3つを行いました。
まずは未来自治体のレジュメ詰め。
偉大なる先輩方の轍を追いかけながら私達のビジョンとの違いを探していました。とはいえ私達はまだまだ知識は足りない状態、構想の骨すら上手くまとまりませんでした。後ほどしんすけ議員に見てもらった時も「掴みが弱い」との評価。具体的な構想を立て魅力的なフレーズを見つける。ひとまずそこを目標に次は詰めていこうと考えています。
(キャッチーな表現をつくるのは難しい…)
次に議会傍聴。今回は落石議員による福岡市民クラブを代表しての代表質疑を聞きました。
今日は市全体の取り組みに対しての質疑ということで多分野かつ多角的だったため情報量がとても多く、ついていくのがやっとでした。
議会での質問内容を通してその会派や政党が何を信念として活動しているのか、それが見えてくる気がしました。例えばですが、子どもの放課後児童クラブという事業に対し、保護者の立場に立って質問をするのか、運営者の立場に立って質問するのか、はたまた地域住民の立場に立って質問するのか……といった感じです。どの視点で質問をするかによって彼らの信念や理想を見ることができるといったイメージです。
議会質問は回答を踏まえて議論をより深くする役割と同時に、その質問によって問題意識を示したり、普段は目立たない事業にスポットを当てたりする役割も持っていると感じました。
議会傍聴終了後、平尾に戻って福岡市動植物園の取材記事を制作しました。実は朝の方で仮案を石川社長に提出しておりました。その後石川社長からのアドバイスとともに完成イメージが送られてきました。
著作権などあって画像としてお見せすることはできませんが、やはりプロというものは何か一線を画すものがあります。取材記事ということで誰に何を伝えるかがとても明確に伝わる、そんな完成イメージでした。
ひとまずそれを模倣し、もう1案制作する事を宿題として課されました。明日の午前中までに何とか仕上げたいです。
(作業進捗を報告する木場君)
そういえば、優柔不断ズのお昼会議は1分台に乗りました、最短記録です!!
これも明日で最終回、明日はどうなるか注目です。
そして夕方、井上議員、近藤議員、しんすけ議員、内海さん(しんすけ議員の同級生)、木場君、私の6人で大橋駅近くのワカミヤ食堂で会食することになりました。
会食の最初、しんすけ議員は私達の欠点として「人の扱いが雑」をという点を挙げました。具体的に言うと、しんすけ議員から「今日会うのは(先日名刺交換した)内海さんね」と言われたことに対して、私も木場君も「お会いするのは初めての方ですかね?」と、内海さんのことを知らない人と認識してすぐに返事を返していた点を踏まえての指摘です。
実は内海さんには、私のインターン初日(2025年2月20日)に議員控室でお会いしていました。その事を私はすっかり忘れてしまっていたのです。忘れられる側の辛さを1番私が知っていたのにも関わらず……罪の意識が込み上げてきます。
個人的には内海さんが話していた「関心領域」は興味深かったです。関心領域とは読んで字のごとく自分の興味関心を持つ領域のことです。内海さんは『関心領域』という映画を見て、「自分の興味の範囲で物事を考えることがどれだけ恐ろしいことかわかった」と感想を述べていました。
映画の詳細はこの場では割愛しますが、私はそれを聞いて自分と似た興味関心をもつ人たちとばかり関わると、自分が意見を発した際に自分と似た意見が返ってくる現象であるエコーチェンバー現象を思い出しました。とにかく視点が偏ることの恐ろしさを私はそこで感じたように思います。
そして、内海さんは関心領域を広げること、人に興味を持つことがどれだけ大事かを教えてくださりました。
コミュニケーションは相手への興味から始まる。
しんすけ議員も内海さんも、それから今まで会食でお会いしてきた人たちも私達におっしゃっていたことです。
「興味を持つことはとても大変」
内海さんの言葉に私も同意する思いがありました。というのも昔は私も人間だったんです。今は機械のようになってしまいましたが……
人に興味を持ち、傷つき、傷つけ、自らが持つ残虐性を認識してから、人間性を失いました。様々な人から「人間としてそれはどうなの?」と問われ続けました。それから「私は人間じゃない」と認識するようになりました。だから「人間のふりをしないと」と模索するようになります。
人に興味を持たなければ、私は人間のままでいられたのかもしれないし、反対に人間になれなかったかもしれない。とにかく興味を持つことで起こる苦しみに私は耐えられなかったという背景があります。だから興味を持つことはとても大変だという言葉を、心から理解できるのです。
今振り返れば、内海さんは木場君に強い興味を持っていた様に思えます。
「どうしてコミュニケーションが難しいと感じるのか?」「どうすれば人に興味を持つことができるのか」とにかく「なぜ?」を彼に問いかけていたのです。しんすけ議員も彼に対しては「なぜ?」を投げかけていたような気がします。木場君はそれに対して言葉に迷う様子がありました。その様子はインターン初日からよく見た光景でした。私視点、何も変わっていないように思いました。しかしながら変化は確かにあったのかもしれないと振り返って思いました。
バタフライエフェクト、ブラジルで飛ぶ蝶の小さなはばたきが、めぐりめぐって影響し、米国でタイフーンが起きる。些細な変化から因果関係により大きい変化に発展することのたとえ。きっと、木場君にもそれが起こったに違いない。
時刻は9時、木場君の終電の時間だ。終わりがちかくなり、帰る準備をするよう促す。
木場君は内海さんに言った。
「次、いつ会えますか?」
その言葉は会場の空気を変えた。驚きのような、感動のような、称賛の空気がそこにはあった。無音の空間が広がる中、私は目を見張った。内海さんは柔らかく微笑み手を差し出した。木場君はそれに応じて握手した。内海さんは言った。
「君の言葉に、私は感動した。だから私も君に会いたい、いつ会える?明日空いてる?」
……私はその場でただ感嘆することしかできなかった。これが人間の神秘なのか。
ほんの些細な変化かもしれない、それでも私は「人間」の美しさを、心に深く刻まれるような、突き刺されるような、そんな思いだった。
「たった一度でいい。本当に魂が震えるほどの悦びを味わったのなら、その人生は生きるに値する。」
かの有名なフリードリヒ・ニーチェはそういった。なあ、ニーチェさんよ、あの時私が感じた人間の美しさを、心臓を揺さぶられるような思いをあの感嘆を『魂が震えるほどの悦び』と呼んでいいのだろうか?
そしてそれを感じたというのは私が人間だからなのだろうか?
本当に運命は残酷だ。もし私に持病がなければと思わずにいられなかった。もう少しで私が望んでいる「人間らしさ」を手に入れられそうだった。それでも私はあきらめないという生き方を選んだ。だから意地でもインターンで手に入れようと執着するつもりだ。
私のリアル活動ブログは最終回となりました。これからもリモートワークにはなりますが、インターンで人間らしさを手に入れられるように尽力いたします。
これからも寒くなったり温かくなったり花粉が飛んだり……体調には皆様お気を付けてくださいね。それでは私はここで失礼いたします。
安田愛実





