こんばんは。書いておくべき事はまだまだたくさんありますが、少しでも面白く、ボリュームのある内容を書きたいので、内容が浮かんでくる順に書いてしまう、ヨックルです。

今日はフェイシャルリフレクソロジーを創った方の話。


創始者はロネ・ソレンセン。現スペイン・バルセロナ在住のデンマーク人

1978年からリフレクソロジーを学び始めた彼女はその後も、デンマーク、フランス、ドイツ、アルゼンチン、チリ、キューバ、スペイン・他において、フットリフレクソロジー、鍼、レーザーセラピー、キネシオロジー、リハビリテーションテクニック、アロマテラピー、クレニオ・セイクラル、音楽療法・・他、約60ものセラピーを学んだ。特に障害を持った子供に対してトリートメントをしていた彼女は、本当に人を助けることのできるもの、本当に効果をあげることのできる方法を自分なりに模索・研究し、このフェイシャルリフレクソロジー編み出した。彼女のスゴイところは、その信念からくる衝動にも似た行動力かと、ボクは考えます。アルゼンチンの奥地で出会った先住民族の代々一子総伝で伝わる自然療法に衝撃を受け、そこに通い詰め、一緒に暮らたりもして覚えたなど・・誰にでもできることではありません。そうして先住民族などから学んだ、現代社会で本や学校などからは学ぶことのできない英知が、このフェイシャルリフレクソロジーには多分に含まれています。

彼女はこれまで、脳障害、学習障害児、ダウン症、多発性硬化症の方々等へ、フェイシャルリフレクソロジー・他のトリートメントをおこない、その症状改善と彼らのクオリティー・オブ・ライフ向上をはかってきました。その功績が称えられ、彼女はリフレクソロジストとして世界で初めて国際組織団体WHO(世界保健機構)より表彰され、マザーテレサと同じ賞を与えられています。

また、西洋医学による治療を充分に受けることができない国々からもEメールによって数々の問い合わせが届きますが、それに対して彼女はボランティアで指示を出しています


そんなスゴイ方が受講の後半、自らボク達に教えてくれました。純度100%元祖フェイシャルリフレクソロジーを目の当たりにした時の話はまた・・・。


皆さん、今日もお疲れ様でした・・・m(__)m(笑)


皆さん、こんにちは。GWも終わりましたが、ハリキッていきましょー。忘れてました、ヨックルです(笑)

今回は早速、続きを書きます。



そして時間は進み、東京フェイシャルリフレクソロジーディプロマコース初日。

電話で大体聞いていたし、予想はしてたが、やはり男一人。簡単な自己紹介があり、聞いていると確かにボクのような初心者は4分の1位。エステティシャン、看護士、リフレクソロジスト、アロマセラピストなど。さらに緊張してきた。

そして授業。ほとんどの日程は午前が座学、午後が実技だった。

大変ですよと前フリされて、心構えして行くと、大抵は「ま、そうでもなかったよ」と済むが、ホントにハードな内容でした(笑)特に座学は。内容が濃いし、情報量が多すぎる。先生が話す事はすべてムダでは無いので、裁判記録みたく、全てをひたすらきなぐった。とにかく、どんなことでも書いた書いた。卒業後、特にボクのような地方の者にはこのノートだけが味方だとったし。そして宿泊先に帰ってから、昼間書きなぐった言葉を後で読める様に赤ペンで修正する毎日。受講が終わる時には大学ノートまるまる二冊いった。自慢になるかわからないが、その時は自信は無かったが、ノートは一番取っていた自信はある(笑) 確かに予習で随分と助かっていた。それでもギリギリ付いていけた感じだ。いきなりニューロン(脳の神経細胞の単位)などという言葉が出てきたら「え?惑星?」などと混乱してしまうが(笑)、完全に理解できてなくても一度読んだり聞いた事のある言葉だと不安にならないもの。しかし、ここまで集中したのは久しぶりだった。寝たり、ウトウトなんて1秒もしなかった。そんな余裕はボクにはなかった。

座学が脳への叩き込みの分、身体を動かす実技はホッとできる時間になった。初めて先生のデモンストレーションを見た時は鳥肌がたった。「なんだ!この動きは!」。それはボクがいくつか受けた施術のどれとも違うモノだった。何というか、先住民に代々伝わる自然療法そのものという表現がピッタリだった。そのイメージは今も変わらない。理論も内容が多かったが、実技も内容が濃く、多い。とにかく7ステップスという基本をみんな何度もやった。さらにまだオプション施術もあるが、先生方は最後まで基本を大事に何度も教えていた。施術する姿を見ても感激したが、受けてさらに感激した。単純になんと心地よいことか!顔をトリートメントされることがこんなにも心地よいことかと!周りからたくさんの寝息が聞こえた。最終日が近づく頃には、上手い人は明らかにわかる程になっていた。ボクはというともちろん不器用組だった(笑)。しかし不安はなかった。逆に今の内に自分の悪い所やクセなどをたくさん指摘されておきたかった。今が完成形でも、大事でもない事はわかっていた。ボクにはもう解りかけていた・・・このフェイシャルリフレクソロジーを施術するにおいて大切なことが。そして創始者の施術を見た時、全てがクリアになった。

試験はまだ後だったが、ボクはその時、フェイシャルリフレクソロジストになった気がする。



こんばんは、どうしても文が長くなってしまうヨックルです(皆さんもそうなりませんか!?)。

このイントロもいらないんでしょうが、いきなり本題に入るのが何故か気になる。ので、このまま書いていきます(笑)

今回も前回に続き、ボクがフェイシャルリフレクソロジストになるまでの序章をなるべく簡潔に?話したいと考えます。つまり、前回からの続きとなります。では、どうぞーっ!



フェイシャルリフレクソロジー受講の申し込みを完了したボクに待っていたのは“予習”だった。

ご丁寧に学校から、こういった施術の経験があるかどうか電話があり、全くの初心者には内容が少しハードですとの説明。初めてでも無理ではないらしいが、フットリフレクソロジーを少しでも習ったり、解剖生理学を勉強してきて欲しいとのこと。

薦められた本をすぐ買い、勉強は始まった。解剖生理学は教えてもらう事は考えず、本のみで勉強、休みの日などはファミレスで勉強してた。

問題はフットリフレだった。すぐ教えてくれる人探しを始めた。学校は広島に無いだろうし、1対1でしかっり学びたい主義なので、個人で教えてる方をアロマの先生に相談したら、これまたあっさりと見つかった。申し訳ないが、アロマの授業は中断させてもらい、リフレに集中させてもらう事にした。

それから東京に発つまでの1ヶ月半、ほぼ毎週習いに行った。この頃はヒドかった(笑)・・・施術が。仕事として人様の身体に触れる施術というものが初めてだから当然ではあるが、それにしてもガッチガチだった。ストリート系ダンスでやるところの定番“ロボット”の動きそのままといっても過言ではない(笑)肩や腕に力は入りまくりなのに、肝心の指先まで力が伝わっておらず、全く効いてない。でも自分はクタクタ。この時、自分の肩がこっている・こりやすい事に32年目にして初めて気付いた。ここからタイ式マッサージ通いが始まる(笑)

ヘタながらもどうにか一通りの流れを覚え、合格はもらった。解剖生理学も直前まで出来る限り勉強した。


これで出来る準備はした。そして、いざ東京へ!

待ってろよ!フェイシャルリフレクソロジー!



↑ご覧の通り、また文が長くなってしまいました。受講中の事を書くつもりでしたが・・・(笑)

 という事で、ここで一区切り。続きは次回に!カタジケナイ!