情報には命がない。
情報は主体的に生きるものではなく、
誰かによって生かされるものだと思うのです。

その、情報を生かす行為こそが編集だと思います。

つまり、編集とは情報に命を吹き込む行為。

編集によって情報に命が宿ると、その情報は誰かに伝わり、他の情報と結びついて、新たな子孫を残すことができると思うのです。

ただ、情報に吹き込む命に宿る遺伝子は、そのプログラムによっては、人に危害を加えることもあります。

危険なプログラムが描かれている遺伝子を宿した情報が誰かの心のなかに生きる情報と結びついた結果、その宿主の命を止めてしまう危険も孕んでいます。

その起点となるのが編集。

つまり、情報には危険性などはなく、あるのは編集によって吹き込まれた危険因子の媒介作用。

コミュニケーションは誰かが誰かに対して意識的、あるいは無意識的に編集された情報を交換する行為とすると、編集に携わるものとして、この重要かつ重大な作用をしっかり認識する必要があると思うのです。
さて、本屋さんへ行くと、
仕事の効率を高める方法について、たくさんの本が出ています。
それぞれ魅力的な文言のもと、いろんな切り口で書かれていますが、大きく分けると二つだけだということに気づきます。

やらないといけないことを早い時間に片づけるか、後まわしにするか。

両者ともに言い分があって、
早い時間にするというほうは、やるべきことを早く済ませて、あとはルーチンでと言い、
後まわしにするほうは、確実にやらないといけないことを後まわしにすることで、それ以外のことに必然的に締め切りを作ることができるので、
無駄がなくなるよと言ってます。

問題は、そのどちらも試しながら、
どちらも上手くいかない私の性格。

私には効率化など無理。

と、諦めて細々と暮らすのは簡単ですが、
やっぱりそうは言ってられないので、
もう少し考えてみることにしました。

で、気づいたのです。

なぜ、無駄な時間がこうも毎日生み出されるのか。
なんなら無駄を売れば、がっぽり儲かって
ウハウハな人生を送れるのに、
ってくらい、無駄だらけな現状を打破する方法と考え方が。

と言うのも、ついついスピードを優先するあまり、
スピードが追いつかない現状を、
問題ととらえるのではなく、
前提ととらえれば良いと思ったのです。

つまり、スピードが追いつかないという前提に対してスピードで解決するなど、
痩せてモテたいという人に
モテたかったら痩せれば、と言っているようなもので
なんともバカバカしい。

で、さらにはスピードが追いつかないということを前提とすることで、
スピードという時間の概念ではなく、やることの範囲と深みを仕事の効率化に向けた解決の方向性として考えることにしてみたのです。

あと、考える仕事をルーチンにして、ルーチンを考える仕事仕事にしてしまう。

よくよく考えると、ルーチンは範囲、考える仕事は深み。

これを逆にして、考える仕事を範囲、ルーチンを深みにする。

何だかよくわからなくなってきましたが、
ひとまずはこの考えでやってみようと思います。
ようやく半年あまり続いていた繁忙期が終息し、約4カ月の安定時期に入ります。

で、本気で仕事のやり方、進め方、考え方を変えようと思います。

やはりあらゆる側面で、過度の残業は諸悪の根源。

で、仕事のやり方、進め方、考え方を変えるその第一歩が、このブログ。

正直、なかなか続かないブログですが
今日から、少なくともまず金曜日までの4日間は続けるようにします。

で、そのテーマは、今後の仕事の進め方、考え方。

で、ブログでは朝決めたことが、夜どうだったかを告白します。

今日のテーマは、まず、夜7時には会社を出る。

目的は仕事の非連続的改革。

昨年は一応成功して、この繁忙期はそれ以前とは全く異なる価値創出ができたと思います。

ただ、まだまだ課題があって、さらには本来自分がやりたい仕事の一部分にとどまっている状態からの飛躍的な発展を考えると、そもそものものの見方を変えないといけないのではないかと思い続けてるのです。

なので、今日から4日間は、毎日7時には会社を出て、その事について考えて、今後4カ月間に取り組む課題の方向性の範囲を決めたいと思います。