自分が存在する意味は?
一体自分は何者なのだろうか?
自己啓発セミナーなど
世の中にはたくさんの
「自分探しツール」が溢れています
セミナーに夢中になり
高額の授業料などの支払いで
返済できないほどの借金を抱えてしまう場合もあります
セミナーでその気になってしまい
仕事を辞めて起業したものの
思うように事が運ばすに
経済的に行き詰まってしまうケースが目立つようになりました
さらには
詐欺に遭い
自分の信用も
友人知人も失う場合もある
冷静な目で見ると
そこまでして
自分が何者かを知る必要があるのだろうか?
と不思議に思います
現実生活からの逃げ場だったり
希望だったりを探しているうちに
いろんな事態に巻き込まれ
どんどんややこしくなり
身動きが取れなくなってしまうケースが増えてきたな
という印象があります
もはや
「大人の迷子」状態
探しているうちに
どこに帰ればいいのかもわからなくなってしまう
これでは
本末転倒です
人はそれぞれが
在る(存在する)
というだけで
役目があるのです
将棋の駒やオセロの駒をイメージして下さい
その一つだけを手の平に乗せて
じーっと眺めていても
その駒が
どんな役目をして
どんな動きから
勝負が展開するのかは
わかりません
それは
全体があって
初めて
イメージできることなのです
特に愛憎を含む問題などは
「許せない」という怒りの感情のフィルターが
その人、一人一人の
役割を考える冷静さを失わせてしまいます
例えば家族問題の場合
「自分は第一子で親の愛情をまともに受けられなかったんです」
というお話しなどを伺うとします
「弟(妹)さんが生まれるまでは
あなたは親御さんはじめ、周囲からの関心や愛情を独り占めできたのですね」
と客観的にお伝えすると
目から鱗のような反応をなさる方が多いです
客観的に物事を冷静に考える
感情を横において
事実だけを考えてみる
すると
思いがけない新しい発見があります
大人の迷子にならない秘訣は
まずは
冷静に自分という駒を手のひらに乗せてみることです