投資家へ | 1丁目住人のブログ

1丁目住人のブログ

一人一人が楽しく生きるためのブログ。

とうとうプライベートエクイティの世界にきてしまった。キャピタリストデビューである。

ベンチャーとかスタートアップとか言う言葉の使用が、民主党政権により、この数年抑圧されてきて、ようやくリーマンショック前までの水準まで活気を取り戻してきた。2005年前後の堀江さんや村上さんの功罪はどちらも、大きい。

最近は、ベンチャー単独でのオーガニックな成長ばかりではなく、大企業によるM&Aも増えてきており、益々欧米に倣ったインフラを整えていると言える。昨日も経産省主催のイベントがあり、その趣旨は、大企業とベンチャーと支援者(VCなど)をコネクトする、といったものだった。

産業界が当面目指している、ベンチャーのエグジットが多様化するということは、短期的なリターンを目指す傾向が強くなることと同義であると感じる。

10年から20年かけて良いものを生み出すといった視点を持つファンドにとってみれば、必ずしも利点ばかりではないが、ようやく、日本の重い腰の正体である大企業が、背水の陣になったことで、新規性とリスクというものに対して正面から対峙するようになってきたのかもしれない。

ひねくれた考え方をするわけではなく、安定を伴った日本ならではの新陳代謝の生態系を目指さないといけないわけで、無闇にイノベーションが必要ということではないし、ベンチャーの創出自体が喜ばしいことでもない。つまり、新陳代謝を促しすぎて、社会が不安定化してしまったら本末転倒だ。

また、将来に結びつかない中途半端な雇用を創出しても意義が薄いし、雇用の品質も大事な観点である。

そういった意味で、産業や企業の誕生部分を担っているベンチャー産業は、考慮すべき事項が多い割に、その期待と責任は大きい。しかし、難易度が高くて、そのほとんどが失敗する。これがベンチャーを取り巻く難しさの大枠の内容であると理解している。

そもそもイノベーションという概念を作ったのはアメリカのシリコンバレーである。ということで、社長からシリコンバレーを見て感じて来いと言われ、近々出張することになった。

僕が目指すのは、究極的には、東洋の智恵と、欧米のインテリジェンスの融合であるが、日本にはその両者の概念をバランス良く咀嚼して自分のものとして使える素地があると思っている。

これは当然、通常の人の最低でも3倍の努力を要する。なぜならば、通常の人が一カ国ぶんの言語と歴史や文化を学ぶとして、その高い視座を得るためには、最低でもその3倍(例えば英語、中国語、日本語)必要だからだ。

その日本人としての孤高のアイデンティティに磨きをかけて、30代はまずキャピタリストとして力をつけ、戦いたいと思う。

日本もいい加減、昔の資産で食うなんて了見の狭くてものぐさなことばかり考えず、世の中の先頭に立つ気概と行動力を持たなくては、いつまでたっても二流国家で、このままだと新興国に抜かれて三流国家だ。

今のギリシャも世界の覇権を握っているときがあったように、盛者必衰がこの世の掟なので、うかうかすることイコール即敗北といっても過言ではないだろう。

「立ち上がれ日本!」みたいな、感性の鈍いおっさんたちがドメスティックに考えた標語の履行だけ若者に期待して任すんじゃなくて、僕たち若者の一部の感性がまだ豊かでやる気マンマンの奴らに、21世紀をリードする発想の基盤となる広くて深い視座を与えるため、おっさんたちは本当に全力を尽くして欲しいと思う今日この頃だ。