数年前の話なんだが…友人「比呂さん」から、「スラッキーギター」なる音楽を紹介された。

実は比呂さんと共通の某セミナーで、比呂さん自らの演奏で聴かせて頂き、その柔らかさと心地よさに一発で虜になってしまった。

比呂さんは乞われて本場ハワイまでスラッキーを演奏しに行くほどの奏者(プロ?)で、セミナー開催日に「ぜひ聴かせて下さい!」ってお願いしたら、わざわざギターを持参して下さって、ランチタイムに数曲ご披露して頂いた。

経営者ばかりの集まりだから、普段はキンキンしている空気が一瞬にして和やかになる。
みんな、優しい顔になって。


「なんでこんなに気持ち良いんだろう…」と尋ねると…


この音楽、そのハワイが発祥だそうで…

昔々、ハワイに牛が増えちゃってどーしよーもなくなって、スペインから牧童に大勢来てもらい、牛を管理(?)してもらったそうな。

そのスペイン牧童が持ってきたギター。
1日の仕事の後で、焚き火を囲みながらポロポロと爪弾き、あるいは故郷を思い出し、或いは母国で待つ恋人に歌を捧げていたのかもしれない。

牛の数が落ち着き、牧童たちが帰国した後、ギターは残った。

ハワイの人たちがこの残されたギターを持ち、

「さて、どうやって弾くんだろう??」

ギター教本も、ギター教室も、ましてや今のようなMP3音源などない年代のお話、彼らは

「自分の声にチューニングを合わせた」

そうな。

スラッキーの「ファミリー・チューニング」というそうで、それこそ思いっきり沢山ある。

普通、ギターを始める時に最初に習うのが「A(=ラ)」で5弦を合わせ…のスパニッシュ・チューニング。

ハワイの人たちは「そんなん、知らんもんね」で、自分の声に合わせて6弦全部をチューニングしたそうだ。


で、この「スラッキー」。
曲の構成は至ってシンプルで、スパニッシュのような情熱的な激しさは感じられない。


が、聴いていると、風景が出てくる。


・晴天の白い浜辺で、波が静かに打ち寄せている。足元に白い貝殻が落ちている…

・群青の水平線に、今まさに太陽が沈もうとしている…

・真っ直ぐなパイナップル畑の道を歩いていく彼方に、入道雲がかかっている…


勿論、作曲者の意図と私の感想になんの繋がりも、関連もない。ただ、そう「感じる」
ゆっくり、ゆっくり。


小難しいメソッドや教則に従った運指など全く関係なしに、彼ら自身が「気持ち良い」音楽を奏でた…って感じで、なんともリラックス出来る。

バロックとは違った、新鮮な安らぎとでも言おうか。


これ、自分で弾けるようになったら気持ち良いだろうなぁ。

新しい出逢いをくれた比呂さんに感謝。

24時の「バングラ訪問記」も最終章にさしかかりました。

ビジネスの用件もすべて終わり、ダッカの街は、早朝の喧騒をそのまま引きずりながら、傾く陽が全体を紅く染め始めていた。
…また、あの「泣ける」夕日が、落ちる。

アラム氏が

「僕の別荘に行こう」

と言い出す。
飛行機まではまだ6時間以上あるし、ダッカから車で1時間も掛からない所だと云う。
じゃ、お言葉に甘えて…

ダッカの街は、30分も走るとイキナリ田舎農村的風景に様変わりし、道行く人の数も、まばらになっていく。
(いや、単に人影が「見え辛くなってる」だけなんだが…)

舗装道路を40分ほど走り、一つ角を曲がると、未舗装のガタガタ道。雨期でドロドロ道。

そこを更に10分も進むともう、「川口浩の探検隊」か「インディアナ・ジョーンズ」のような世界。
鬱蒼と茂る森の中の、辛うじてワダチが見える道を、黄色いヘッドランプを頼りに進んでいく。
(もちろん、何かに捉まってないと、タンコブが増える)

15分も行くと、道が池の中に向かって消えている。
現場にいた子供や年寄りが車に寄って来て

「水が増えて道が無くなった。この先には行けない」

と説明しているらしいが、アラム氏もドライバー氏も一向に気にする様子もなく、Uターンして別ルートへ。
(…地図もなけりゃ、ナビも無い。道も見えないのによく「別ルート」が解るもんだ。)

獣道をしばらく行くと、田んぼに挟まれた畦道になり、50mほど先で牛が2頭、角を突き合わせながらじゃれている。

「アラムさん、隣の国の神様が喧嘩してるよ。」
「ホントだ」(笑)
「…通れないね。」
「ウン」

ここでドライバー氏がクラクションを長く引っ張ったが動かない。

そこで24時、スルスルッと窓を開け…

「おい!神様!! どいてくれ! 喰っちまうぞ!!」

と(英語で)怒鳴ったら、同席していたアラム氏もイズラム氏も、ドライバー氏も大爆笑!!
(イスラム圏だからこの冗談が通じるんだ。インドでは無理(^-^;))

牛の方も、普段聞き慣れない言語に驚いたか、田んぼに移動して、続きを始めた。

更に10分ほどで、アラム氏の別荘地に到着した。

車を降りて、氏の後ろについて行くと、遥か彼方の小山を指し、

「あそこから…」

今度はグルッと235度ほど回転して、彼方の森を指す。

「あそこまで、僕の土地。この前、買ったんだ。」


…え?  って、もう1回。
あそこから(グル~ッと)あそこまで???
東京ドームが楽に3個…いや4個は入る。

敷地の半分は湖。(彼は「池」と言ったが)
地面は、森。
塀を巡らす訳でもなく、杭を打ってある訳でもなく。
「自然を自然のまま、残しておきたい思った」というのが、アラム氏がここを購入した動機だそうだ。
そりゃ、地面の値段は日本に比べれば安いだろうが…

購入時に、そのエリアに3家族が暮らしていたそうで、アラム氏が3家族分の家を無償で建て直し、そこに住んでもらう代わりに、敷地の管理をお願いしているとの事だった。

その家3棟が中庭を造るように建てられ、住人がワラワラと出てきて歓迎してくれる。
老若男女が8~9人(暗くてよく解らんのだ)

電気は引いてあるが、土で作られた簡素な家の中に電球が1個燈っているだけ。
その家も、自然の素材を出来るだけそのまま使ったもので、地面から10cmくらいの高さで盛られた土台に平屋建て。
キッチン(土間ですな。カマドがあった)とリビング、寝室の3部屋構造。
土で塗られた壁は、中に入るとヒンヤリ涼しい。
日中に染み込んだ水分の気化熱で、中が冷えるんだと思うが、「生活の知恵」ですな。
3軒とも、中庭に向かって庇が作ってあり、雨の日はここにイスを出して、日がな一日「雨見物」していても、飽きないだろう。


住居エリアの隣に鶏舎が建ててあり、5000羽のニワトリが飼われていた。新しく鶏肉ビジネスを始めたという。

「同じものをあと5棟建てて、3万羽にするんだ」と。

鶏舎は、日本でも、バングラでも、「臭い」。かなり。
…でも、気が付くとここは「許せる臭さ」である事に気が付いた。

そのことをアラム氏に言うと、

「合成飼料は高くて使えない。だからここの鶏は、この辺で取れた穀物を餌にしている」との事。

そうか。
その土地の鶏を、その土地で取れた穀物で育てる。
鶏糞は、作物を育てるのにまたサイクルされる。
だから、この「臭さ」は自然なんだ。受け入れられるんだ。

と、勝手に目からウロコを落とし、中庭に戻ると、イスと低いテーブルが用意され、水と果物が盛られていた。

「さぁさぁ、座ってくつろごう」

とアラム氏に促され、一つに腰かけると、3家族の主だったメンバーが席に着く。
アラム氏が「日本から来たお客さんだ」と説明すると、皆笑顔でムニャムニャとイスラム式のご挨拶。
コチラは手振りだけ真似してまた「フォースの共にあらんことを」…

皆、黙る。

聞こえるのは、虫の鳴く声と、どこか遠くで吹いている、笛の音。

いきなり、自分が「不自然」に感じ、この場所にそぐわない感情に襲われた。
多分、靴下+靴を履き、Gパンにコットンシャツを着て、腕時計といういでたちが、「不自然」なんだと気付く。

ホントに、許されるなら、パンツイッチョになりたい衝動。
誰も居なかったら、スッポンポンになりたい衝動に駆られる。

ジッと目を閉じて振り仰ぐと、「空気の香り」が、夜に変わっていくのが解る。
あの泣ける夕日が去った後、空気はこんな香りに変わるんだ。

24時が堪能しているのを解ってくれているのか、「妙な外人だ」といぶかしんでいるのか、誰も、何も、音を発さない。

目を開くと、残念ながら曇り空だったが、澄んでいれば満天の星に違いない。

あっという間に、地面と空の間に自分しかいない錯覚が生じ、

「自然の神々と対話出来る」って、伝わってくる。

足の裏から、大地の気がジンワリと染み込んでくる。
仰いだ顔や上半身に、宇宙の気が燦々と降り注ぐのが、感じられる。


背後に迫った足音にハッとすると、ここにお住まいのどなたかの奥様が、昼間に市場で買った鯉(前の日記でオッチャンが切ってたヤツ)を「タンドリー・鯉」にしたものをサーブしてくれた。
(その匂いにも気付かなかったくらい、『あっち側』に行ってた)

これがまた、美味しいのナンノって。
日本で食べた鯉は川魚特有の匂いがあるが、「これが鯉?」ってほど、上品な白身。味は淡白でタンドリーのスパイスに絶妙にマッチする。

舌鼓を打っていると、今度はオムレツが出てきた。

「…ヒョットして、さっきの鶏舎で採れたヤツ?」と訊ねると、

妙な質問をする…と言った顔つきで

「そうだよ。このマンゴーも、そこに今、なってたヤツ。」

青いマンゴー。甘くない。メロンの親戚かな?という食味。

日本では「新鮮」という言葉が、まるで食料品の付加価値のように使われているが、ここでは 新鮮が当然 なんだ。

で、そのオムレツ。
これも、また、もう、あなた、こんなに美味しいオムレツは、生まれて初めて食べた。
…いや、幼少の頃、日曜日に早起きした祖母が、孫達に作ってくれた卵焼きに近い。
タマゴを割って、グチャグチャッとした後にフライパンでサラッと焼いただけ。単に二つに折っただけ。味付けも、多分何もしてない。

ノスタルジーではない。超空腹だったわけでもない。
「タマゴ本来の味」が、食べる端から体に吸収されていくのが解る。

鯉といい、果物といい、オムレツといい、これをして「贅沢」と感じてしまう24時は、確実に、偽りの文明に毒されている。

出されるもの全てが、「食べ終わってしまうのが勿体無い」ほど、美味しい。

もう、ベンガル語はおろか(知らないし…)、英語を使うのももどかしかったので、日本語そのままで「美味しい美味しい」と、遠慮なく頂いていると、メンバーの中の最長老と思しき老人がアラム氏になにやら耳打ちし、アラム氏は人の顔を見ながらニコニコと笑っている。

何か失礼があったかと思い、「ん?ナニナニ?」と尋ねると、

「いや、彼(老人)が言うには、『この人はいい人だ』ってさ」

い、いやぁ、お恥ずかしい。
この食を楽しんでいるのは、既に24時ではなく、食神様。

メニューの内容だけ見るなら、簡素かもしれないが、バングラで食べた食事の中で最も美味しく、最も贅沢で、最も吸収した晩餐だった。

満腹になって、お茶を喫していると、天空と大地に祝福されている気分になる。

やがて、頭皮が剥がれるかと思う程に後ろ髪を引かれたが、辞する時間になってしまった。

これだけは!と思ったので、アラム氏に

「こんなに素晴らしい人達と、すばらしい環境に触れる機会を得た事を、皆さんに大変感謝しています。皆さんの神様が、共にありますように」

と、ベンガル語で伝えてもらったら、みんな寄って来て握手の嵐。

もう、完全に「ウルルン滞在記」よ。たった3時間くらいの滞在だったけど。
暗くて皆さんに涙がバレなかったのが幸い。
白状すると、車に乗り込むまで、涙が止まらなかった。

バングラに来てよかった。
アラム氏の事務所での、○越に対する怒り冷めやらぬまま、ダッカの市場(輸入するアイテムが採れる)に連れて行ってもらう。

ゴッチャゴチャの道路を走る事20分程度、今にも壊れそうなコンクリート造りの建物が、「市場」だった。

建物の周囲は、やはり車、人、リキシャ、オートリキシャ、日本人の感覚的には「こんなところまで入ってくるなよ!」と言いたくなるが、バス、トラック、犬、ニワトリ、アヒル、山羊でごった返している。
(後で解ったが、アヒルと山羊は売り物でした)

建物に入ると、これがまた。 エモイワレヌ臭い。

24時は大概の場合、文字で書く時は「香り」「匂い」と記すが、ここは紛れもなく「臭い」

うん。ハッキリ言って『超クサイ』

入って直ぐに野菜・果物の店が並び、少し行くと乾物(!)・日用雑貨、そして奥に魚と肉。
店(…というより、台だな)と店の間に狭い通路があるだけで、ビッシリと台が並び、一人ずつ、オッサンが座っている。

総合市場的な内容になっている。

24時が仕事でスペインを訪問した時、このような「市場」を案内してもらったが、色とりどりの果物が並べられ、いい体格のオバチャンやオジチャンが

「ほらほら!ウチのリンゴ、食べてきなよ!」
「おい、セニョール、日本人かい? このチーズは美味いよ!」

と、満面の笑みで迎えられた。
採れ立ての魚介類が氷の上に所狭しと並べられ、肉屋では白衣を来たブッチャーがデッカイ庖丁をもって、ニヤリと人の顔を見てウインクする。
なんとも陽気で活気に溢れた場所だった。


ではバングラの市場は?…

「陽気」が唯一の共通点だな。
でも、これでかなりの部分、救われる。

市場が建物の中であることで、全体的に暗い。これは照明事情と集まった人々の肌の色も大きなファクター。
暗いといったらいいのか、黒いといったらいいのか。

細い通路、総てが渾然となった臭い、地面は土でドロドロ。みんな裸足かビーサン。
エアコンなんて期待できようはずもなく、気温と人いきれでム~ンと暑い。
天井ででかいプロペラが回っているけど、「臭気混合機」の働きをしている。

「お?!外国人だ」
「ん!東洋人か?」
「ナニ買いに来た?」

言葉が通じないと解っているのか、無言の品定めをされる。
でも、目が合うと、ニッコリ笑って自分の商品を高々と差し上げて見せてくれる。
ホント、悪いヒトはいないナァって感じ。

24時の目的物は「鯉」。

魚エリアに入って、鯉を売っている店を1件1件見て回る。

…気が付くと、後ろにゾロゾロ付いて来る。
細かく分けられた細い道だから、縦に長い「外人見物」の行列になる。
当然、後ろの方の人は、「誰を見ているのか」解らないから、通路をグルッと回りこんで、24時一行の前に出てきて

「お、外人」
「ん、アジア人?」
「何を見てる?」

と好奇心の目を向けられる。
ここでもちょっとしたスター気分。暑くて臭いけど。

目的物の「大きい鯉」を見つけて、アラム氏と話していると、

ツンツン…

と後ろから袖口を引かれる。

「?」と思って振り返ると、3軒向こうにいた魚屋のオッちゃんが

「ほぉらぁ~!」ってデカイ魚を両手に掲げて24時に見せてくれる。(ビックリ!)

「いや、ウロコのない魚には用は無いんだ」

と言葉が通じないからフォースを込めた無言の笑顔で首を振ると、「ウンウン」と頷いて、姿を消す。

しばらくすると、また

ツンツン…

振り返ると先ほどのオヤジが、

「コッチはどーだい?」って顔で極彩色の小魚を山に盛って見せてくれる。

あ、あかん。さっきのフォース、足りんかったか!と思って、ウンと念じながら

「小さい魚も、要らんネン」(スー・コォー・スー・コォー)

また「ウンウン」と頷いて、消える。

…3回目が来るんだ。やっぱり。
今度はで~っかいエビを氷の上に並べて。

「う。美味そうだけど…」ごめん!

後で聞いたら、「川エビ」だって!!!!!
日本標準でいくと、かなりデッカイ車海老か、ハサミを忘れたロブスターくらいあったぞ?!


バングラの人達は、魚介類をよく食べる。
干物の文化があって、かなりの種類がラインナップされていた。

このような市場がダッカ市内だけで40ヶ所ほどあり、人々のお腹を満たしている。

ここは、日本人の神経質な方、妊娠の可能性がある方、アレルギーをお持ちの方は、チョット入れないかナァ。
ヒトによっては雰囲気だけでお腹こわしそう…
でも楽しかった。

帰りの6時間ガタガタをようやく耐え抜き、ホテルに到着したのは日付が変わって1時間ほど経過した後だった。

「今日は有難う。」
「じゃ、明日は9時に迎えに来るから…朝食はホテルで済ませる?」
「そうですね、適当に… じゃ、おやすみなさい」

アタマに出来たタンコブと、「イッヒ・フンバルト」在庫キャパ一杯だったので、そそくさと部屋に戻る。

バングラの方達は宗教上の理由でお酒を嗜まないから、下戸の24時にとっては大助かり。
(コレが韓国だと「じゃ、仕上げに一杯やりに行こう」となって、一杯どころか「じゃ、次」なんつって、カラオケまでお付き合いする事になるんだ。)

ホントはその時点で翌朝に朝食を摂るつもりなんか毛頭なく、
「ギリギリまで寝ちゃる!」と心に固く誓っている。

部屋でゆっくりと諸用を済ませ、身体も綺麗になってベッドに。
「今日も一日、良い日でした…」と思う間もなく、爆睡。
辛うじて、08:30に目覚ましをセットする。


次の朝…

バングラは今日も朝から活気があるというか、「こいつら、いつ寝てるの?」と思うくらい、朝っぱらから人が多い。
ホテル前の空地にも、道路にも、ゴッソリ人通りがあり、窓を開けると、湿った空気とクラクションの喧騒がドッと押し寄せてくる。

荷作り(と言っても、カバン1個)を済ませ、フロントに降りると、アラム氏が待っていた。

「よく眠れた?」
「ぐっすり。夢も見ずに…」
「そう。夢、なしね。 朝飯食べた?」
「はい。(ウソ!)」
「じゃ、行きましょう。」

ここで「食べてない」なんて言ったら、絶対にアラム氏のおごりで
「ブレックファスト・ミーティング」になっちゃう。
いくら社長さんとはいえ、無遠慮にお金を使わせるのは失礼だと思ったんだ。

ダッカ中心部にある彼の会社まで、車で10分。

氏の後ろに付いて事務所に入ると、皆イスラム式のご挨拶をする。
「今日も善き日でありますように」とかなんとか。
なんて言ってるか、皆目解らないので、にっこりしながら頭を下げる。でも心の中で
「フォースと共にあらんことを」って言ってた…( ̄▽ ̄)V

エアコンの効いた社長室に通されると、例の「美味しい紅茶」を振舞われる。
これ、ホントに美味しいよね。
コイツ(ミルクで直接淹れる)に慣れちゃうと、日本のミルクティーは「わざわざ水で薄めたベ!」って感じてしまう。

さすが、というか、やっぱ都会なのかな。
チッタゴンで受けた「え?え?外国人?どれどれ」という「なんちゃってハリウッド式」歓迎は無い。

社長室で価格交渉と今後の予定、目論見などを話す。

ヒト段落付いたところで、アラム氏が「チョット別のお客さん」といって退席したので、「デスクのコンピュータ、使わせて」とお願いし、三日ぶりに「電脳環境」に触れる。

24時は海外出張時には「msn」のメーラーを使っているので、セキュリティに注意しながらログイン、メールをチェックして…

あれ?
ログインアドレス~パスワードを入力したのに、画面が変わらない。
ん~?と見ていると、じっくり、ゆっくり、実に時間をかけて、msnジャパンのページが変わっていく。

こ…これは!
「一般電話回線」!!

ご記憶の方もいらっしゃると思うが、日本でも昔の回線は「接続」するとまるでFAXのような音と共に通信が始まり、すこーしずつ画面が変わっていく。動画なんてとんでもない!

事務所で光環境、遅くてもADSL環境に慣れてしまった24時は、「ログイン画面」が出てくるまでにタバコ1本。
パスワード入れてメール画面に行くまでに紅茶のお変わり。
メール作成して送信するのにタバコ1本とトイレ。

戻ったアラム氏に

「遅くない?気にならない?」と訊ねたら、

「だって、そんなに急いで見られなくても良いし、大事な事は電話で話すから…」と。

そうか。
インタネットやeメールを「お手紙」「郵便物」の感覚でしか捉えていないんだ。
それが是か否かは、バングラディッシュに居る限り、議論の対象にもならない。

毎日何十通というスパムメールに煩わされる事もなく、
「メール送ったのに読んでないの?!」と非難される事もなく、
「この○○子チャンって、だれ?!」と詰問される事もなく、
…平和だ。

日本だって「大事な事は会って話す」は今でも基本だけど、ついつい「メールで送りますからぁ」に偏ってしまっている自分を反省。


社長室に隣接する応接室では、アラム氏や他の担当諸氏とのアポイント待ちの人達が、売り込みの商材をひざに乗せて大勢座っている。

「あの人達、皆アラムさんを待ってるの?」

「そう。でもボクは今日は約束入れてない。日本からミスタ24時が来てるから」とウインクする。

と、彼の姿を見て腰を浮かす人達になにやら説明(「また改めて」って言ってるんだ、きっと)して、ドンドンさばいてしまう。

捌かれちゃった人達は、それでもまだソファに座り、タバコを喫ったり、お茶を呑んだり。
…くつろいでるな。

今年中に広い事務所に引っ越すと言う、アラム氏。
4つの事業部門がそれぞれ繁盛で、サンプル置場にも困っているという。

テキスタイル部門に案内され、牛革でできたサンダルを見せる。

「このデザインもバングラオリジナルなの?」

「いや、デザインは日本から来る。それを作る」

よく観ると、タンなめしした厚めの革に、キチンとダウン・ステッチもあり、男性用の夏物ストラップ型サンダル。
縫い目の間隔もキチッと揃っており、中国製の粗製濫造とは比べ物にならないくらい、しっかりした造り。

「とても良い製品じゃないですか。」

「でしょ?(ニンマリ)それ、コッチで¥1300」

「え゛~!! 日本に出すの?」

「そう。これは○越デパトで定価¥13000で売られる。」

「え゛え゛~!!!! ほ、欲しいんですけど…ここで…」

「ハハハ。ファーストサンプルだから、ミスタ24時のサイズ無いよ。」

う~ん、残念!
でもこのクオリティを見る限り、「¥13000」は頷ける。

でもね、輸出にかかる経費を除いても、日本で一足¥13000で売るんなら、○越よ、
「倍の価格で買え!!」
って思った。
コンテナ一杯にサンダル詰めて送っても、一足当りの輸送料や国内手間賃なんて、多寡が知れてる。
特に○越は「値引販売」しないじゃん?

少なくとも、倍で買えばバングラ・ワーカーも少しは手取りが多くなる。収入が増えたら、もしかしたら、もう1膳、ご飯がおかわり出来るようになるかもしれないじゃん?
新しいゴムゾーリを、子供に買えるかもしれないじゃん?

安く造れるところを求めて、先進国が後進国に進出するが、こと、このサンダルに付いていえば、これは「アウトソーシング」ではなく、「搾取」だ。

「労働機会を提供する」と称して、バングラ人の国民性(?)経済状況(?)のしり馬に乗った製品を作らせる企業の製品なんか、頼まれても買わねぇや!!

母国の超有名百貨店の「裏側」を、(多少は解っていたものの)あまりに「ナメてる」現状を目の当たりにして、やたらと腹が立った24時でした。
チッタゴンでのチャイナを「堪能した」後、恐れていた「帰りの6時間」が始まった。

ただでさえ、昼間でさえ、「命の危険」を感じるドライブ…

「帰りは夜だよねぇ…」って少々ビビっていた。

案の定、行程半分も行かないうちに、トップリ日が暮れて。
街路灯?んなモン、アリマセン。1個も。
月明かり?雨期だったんです。雨じゃなかったけど、星も無い。

ドライバー氏、少しは慎重に運転するのかと思いきや、
昼間と全然変わらないペースで飛ばす跳ばす!

見えるのは…いや、私に見えるのは自分の車がライトで照らす範囲と、対向車のヘッドランプだけ。

「きっとバングラ人は目が良いんだ。そうに違いない。俺に見えないモノまで全部見えてるんだ。キットソウダヨ、ね?ね?」

…って、そう信じるしかないじゃん!?

対向車の明かりと、自車の明かりの中に、横断中の歩行者が急に浮かび上がる!
プワァ~ッっとクラクションを鳴らし、ブレーキを踏む様子も無く、「避ける」。
人も、車も、牛も。

ハッと気付くと、カッ飛んでる車のすぐ横にボォ~っと顔が浮かび上がり、凄い勢いで後ろに消えていく。
黒いから、歯ァ出して笑ってないと、何処にいるか解らない!!
皆さんが純白のお召し物を着ていらっしゃる訳じゃない国なので…って言っても、夜は何か目立つ色のものを付けてくれよ!

「…そうじゃない?」と同行のアラム氏に聞くと、
「そう?フフン」と。つれないお返事。

ごく稀に、懐中電灯をもって歩いている人もいるが、そうか。
「ある程度お金持ち」じゃないと、電池買えないモンね。

まさに「縮み上がる」という表現がピッタリ当てはまる。

行きにドッサリ寝ちゃったから、睡眠は十分。
「起きたら死んでた」作戦も使えず、ホントに「生きた心地がしない」状況のまま、

ン~ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!

っと、カッ飛んでいく。

ヒ・ヒコーキ、欲しいっすね。
車で6時間じゃ、東京~大阪みたいなもんか。

途中、渋滞になる。

「ん?なんだ??事故?」止まると尻がジーンとする。
「あ、踏み切り」とアラム氏。
「え゛~!! 電車通ってるの?!」(行きは寝てて気付かなかった)
「うん。ディーゼルだけどね。ダッカとチッタゴンの間を走ってる。でも…車の方が安全だよ」

この状態より危険な「電車」って一体…(^-^;)?


でもね。
ここからがこの日記の本題。

日が暮れ初めて、周囲の景色は「田んぼ」。
何処まで行っても、田んぼ。右も、左も。
人工物は一切見えない。電線も、工場の煙突も、看板も、ない。
「自然以外、何にも無い」。

そのロケーションで、遠くの方にうっすら見える森をめがけて、まだらになった雲を染めながら、その日の太陽が沈んでいく。

思わず、息をするのも忘れるほどの、夕日。

空は、太陽を起点に、自分に向かって
赤~オレンジ~薄紫~青紫~群青~ミッドナイト・ブルー…
というグラデーション。

空の色も然ることながら、何年も、何十年も忘れていた、

「夕日が悲しい」

という感情が、鼻の奥の方をツンとさせながら、甦ってくる。

なんという悲しさ。

真面目に「ホームシック」にかかりそうになった。
目頭がジワ~っと熱くなる。


子供の頃、遊びに夢中になって、フと気がついた夕日。
「もう帰らなくちゃ」と思わせる、ちょっとビビる赤。

楽しい時間は終わってしまうけれど、
母が夕餉の支度をしている家に向かって、
「じゃぁね~」「また明日な!」と挨拶もそこそこに、
急いで駆け出す、あの感覚。


恐らく、多くの日本人が「心の原風景」として持っている「夕日」が、ここにあった。

まさか、こんなところでお目にかかるとは。


ああ、この風景を自分の言葉で描写できないのがもどかしい。


尻の痛みも、カッ飛びの恐怖も忘れ、その瞬間は「音」さえも消えて、夕日に魅入ってしまった。

この風景を観られた事たった一つでも、バングラに来てよかった。

この夕日は、泣ける。