24時の「バングラ訪問記」も最終章にさしかかりました。

ビジネスの用件もすべて終わり、ダッカの街は、早朝の喧騒をそのまま引きずりながら、傾く陽が全体を紅く染め始めていた。
…また、あの「泣ける」夕日が、落ちる。

アラム氏が

「僕の別荘に行こう」

と言い出す。
飛行機まではまだ6時間以上あるし、ダッカから車で1時間も掛からない所だと云う。
じゃ、お言葉に甘えて…

ダッカの街は、30分も走るとイキナリ田舎農村的風景に様変わりし、道行く人の数も、まばらになっていく。
(いや、単に人影が「見え辛くなってる」だけなんだが…)

舗装道路を40分ほど走り、一つ角を曲がると、未舗装のガタガタ道。雨期でドロドロ道。

そこを更に10分も進むともう、「川口浩の探検隊」か「インディアナ・ジョーンズ」のような世界。
鬱蒼と茂る森の中の、辛うじてワダチが見える道を、黄色いヘッドランプを頼りに進んでいく。
(もちろん、何かに捉まってないと、タンコブが増える)

15分も行くと、道が池の中に向かって消えている。
現場にいた子供や年寄りが車に寄って来て

「水が増えて道が無くなった。この先には行けない」

と説明しているらしいが、アラム氏もドライバー氏も一向に気にする様子もなく、Uターンして別ルートへ。
(…地図もなけりゃ、ナビも無い。道も見えないのによく「別ルート」が解るもんだ。)

獣道をしばらく行くと、田んぼに挟まれた畦道になり、50mほど先で牛が2頭、角を突き合わせながらじゃれている。

「アラムさん、隣の国の神様が喧嘩してるよ。」
「ホントだ」(笑)
「…通れないね。」
「ウン」

ここでドライバー氏がクラクションを長く引っ張ったが動かない。

そこで24時、スルスルッと窓を開け…

「おい!神様!! どいてくれ! 喰っちまうぞ!!」

と(英語で)怒鳴ったら、同席していたアラム氏もイズラム氏も、ドライバー氏も大爆笑!!
(イスラム圏だからこの冗談が通じるんだ。インドでは無理(^-^;))

牛の方も、普段聞き慣れない言語に驚いたか、田んぼに移動して、続きを始めた。

更に10分ほどで、アラム氏の別荘地に到着した。

車を降りて、氏の後ろについて行くと、遥か彼方の小山を指し、

「あそこから…」

今度はグルッと235度ほど回転して、彼方の森を指す。

「あそこまで、僕の土地。この前、買ったんだ。」


…え?  って、もう1回。
あそこから(グル~ッと)あそこまで???
東京ドームが楽に3個…いや4個は入る。

敷地の半分は湖。(彼は「池」と言ったが)
地面は、森。
塀を巡らす訳でもなく、杭を打ってある訳でもなく。
「自然を自然のまま、残しておきたい思った」というのが、アラム氏がここを購入した動機だそうだ。
そりゃ、地面の値段は日本に比べれば安いだろうが…

購入時に、そのエリアに3家族が暮らしていたそうで、アラム氏が3家族分の家を無償で建て直し、そこに住んでもらう代わりに、敷地の管理をお願いしているとの事だった。

その家3棟が中庭を造るように建てられ、住人がワラワラと出てきて歓迎してくれる。
老若男女が8~9人(暗くてよく解らんのだ)

電気は引いてあるが、土で作られた簡素な家の中に電球が1個燈っているだけ。
その家も、自然の素材を出来るだけそのまま使ったもので、地面から10cmくらいの高さで盛られた土台に平屋建て。
キッチン(土間ですな。カマドがあった)とリビング、寝室の3部屋構造。
土で塗られた壁は、中に入るとヒンヤリ涼しい。
日中に染み込んだ水分の気化熱で、中が冷えるんだと思うが、「生活の知恵」ですな。
3軒とも、中庭に向かって庇が作ってあり、雨の日はここにイスを出して、日がな一日「雨見物」していても、飽きないだろう。


住居エリアの隣に鶏舎が建ててあり、5000羽のニワトリが飼われていた。新しく鶏肉ビジネスを始めたという。

「同じものをあと5棟建てて、3万羽にするんだ」と。

鶏舎は、日本でも、バングラでも、「臭い」。かなり。
…でも、気が付くとここは「許せる臭さ」である事に気が付いた。

そのことをアラム氏に言うと、

「合成飼料は高くて使えない。だからここの鶏は、この辺で取れた穀物を餌にしている」との事。

そうか。
その土地の鶏を、その土地で取れた穀物で育てる。
鶏糞は、作物を育てるのにまたサイクルされる。
だから、この「臭さ」は自然なんだ。受け入れられるんだ。

と、勝手に目からウロコを落とし、中庭に戻ると、イスと低いテーブルが用意され、水と果物が盛られていた。

「さぁさぁ、座ってくつろごう」

とアラム氏に促され、一つに腰かけると、3家族の主だったメンバーが席に着く。
アラム氏が「日本から来たお客さんだ」と説明すると、皆笑顔でムニャムニャとイスラム式のご挨拶。
コチラは手振りだけ真似してまた「フォースの共にあらんことを」…

皆、黙る。

聞こえるのは、虫の鳴く声と、どこか遠くで吹いている、笛の音。

いきなり、自分が「不自然」に感じ、この場所にそぐわない感情に襲われた。
多分、靴下+靴を履き、Gパンにコットンシャツを着て、腕時計といういでたちが、「不自然」なんだと気付く。

ホントに、許されるなら、パンツイッチョになりたい衝動。
誰も居なかったら、スッポンポンになりたい衝動に駆られる。

ジッと目を閉じて振り仰ぐと、「空気の香り」が、夜に変わっていくのが解る。
あの泣ける夕日が去った後、空気はこんな香りに変わるんだ。

24時が堪能しているのを解ってくれているのか、「妙な外人だ」といぶかしんでいるのか、誰も、何も、音を発さない。

目を開くと、残念ながら曇り空だったが、澄んでいれば満天の星に違いない。

あっという間に、地面と空の間に自分しかいない錯覚が生じ、

「自然の神々と対話出来る」って、伝わってくる。

足の裏から、大地の気がジンワリと染み込んでくる。
仰いだ顔や上半身に、宇宙の気が燦々と降り注ぐのが、感じられる。


背後に迫った足音にハッとすると、ここにお住まいのどなたかの奥様が、昼間に市場で買った鯉(前の日記でオッチャンが切ってたヤツ)を「タンドリー・鯉」にしたものをサーブしてくれた。
(その匂いにも気付かなかったくらい、『あっち側』に行ってた)

これがまた、美味しいのナンノって。
日本で食べた鯉は川魚特有の匂いがあるが、「これが鯉?」ってほど、上品な白身。味は淡白でタンドリーのスパイスに絶妙にマッチする。

舌鼓を打っていると、今度はオムレツが出てきた。

「…ヒョットして、さっきの鶏舎で採れたヤツ?」と訊ねると、

妙な質問をする…と言った顔つきで

「そうだよ。このマンゴーも、そこに今、なってたヤツ。」

青いマンゴー。甘くない。メロンの親戚かな?という食味。

日本では「新鮮」という言葉が、まるで食料品の付加価値のように使われているが、ここでは 新鮮が当然 なんだ。

で、そのオムレツ。
これも、また、もう、あなた、こんなに美味しいオムレツは、生まれて初めて食べた。
…いや、幼少の頃、日曜日に早起きした祖母が、孫達に作ってくれた卵焼きに近い。
タマゴを割って、グチャグチャッとした後にフライパンでサラッと焼いただけ。単に二つに折っただけ。味付けも、多分何もしてない。

ノスタルジーではない。超空腹だったわけでもない。
「タマゴ本来の味」が、食べる端から体に吸収されていくのが解る。

鯉といい、果物といい、オムレツといい、これをして「贅沢」と感じてしまう24時は、確実に、偽りの文明に毒されている。

出されるもの全てが、「食べ終わってしまうのが勿体無い」ほど、美味しい。

もう、ベンガル語はおろか(知らないし…)、英語を使うのももどかしかったので、日本語そのままで「美味しい美味しい」と、遠慮なく頂いていると、メンバーの中の最長老と思しき老人がアラム氏になにやら耳打ちし、アラム氏は人の顔を見ながらニコニコと笑っている。

何か失礼があったかと思い、「ん?ナニナニ?」と尋ねると、

「いや、彼(老人)が言うには、『この人はいい人だ』ってさ」

い、いやぁ、お恥ずかしい。
この食を楽しんでいるのは、既に24時ではなく、食神様。

メニューの内容だけ見るなら、簡素かもしれないが、バングラで食べた食事の中で最も美味しく、最も贅沢で、最も吸収した晩餐だった。

満腹になって、お茶を喫していると、天空と大地に祝福されている気分になる。

やがて、頭皮が剥がれるかと思う程に後ろ髪を引かれたが、辞する時間になってしまった。

これだけは!と思ったので、アラム氏に

「こんなに素晴らしい人達と、すばらしい環境に触れる機会を得た事を、皆さんに大変感謝しています。皆さんの神様が、共にありますように」

と、ベンガル語で伝えてもらったら、みんな寄って来て握手の嵐。

もう、完全に「ウルルン滞在記」よ。たった3時間くらいの滞在だったけど。
暗くて皆さんに涙がバレなかったのが幸い。
白状すると、車に乗り込むまで、涙が止まらなかった。

バングラに来てよかった。