映画『タイピスト!』 | 転妻よしこの道楽日記

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地元の映画館では上映最終日の今日、なんとか間に合って
映画『タイピスト!』を観ることができた。
設定が面白そうだったのが、これを観たいと思った第一の理由だったが、
雑誌『ふらんす』9月号(白水社)でスクリプトの一部が紹介されていたので、
フランス語に浸れる映画という意味でも、この機会を逃したくなかったのだ。

タイピスト!(Populaire)(公式サイト)

映画冒頭によると『1958 France』……、今から50年以上前、というか、
ポゴレリチ(ダン・タイ・ソン、エル=バシャ、ルイサダ)の
生まれた年であるっ(^^)!!
その頃、女性の憧れの職業の筆頭は「秘書」だった。
田舎での結婚話を断って家を飛び出したローズ(デボラ・フランソワ)は、
都会の保険会社の秘書になろうと面接試験を受ける。
およそ有能とは言い難い彼女の、唯一にして最大の特技は
タイプライターを打つのが速いことで、
そこに目を付けた保険会社経営者のルイ(ロマン・デュリス)は、
彼女を自ら猛特訓して、タイプライター早打ち大会に出場させる。
地元の大会で優勝し、フランス大会を制し、やがて世界大会…。

物語の展開は、ローズとルイの恋の行方も含めて大半の部分が
観る者の期待通りになるのだが、だからこそとても良かった。
逸話のひとつひとつが楽しく愉快で、
波乱はあっても最後に全部が収まるべきところに収まり、
爽快感と幸福感にあふれた着地点で、
娯楽映画はこうでなくては!の理想型のような作品だと思った。
また、田舎娘が垢抜けた女性に成長する過程はまるで『麗しのサブリナ』、
鬼コーチとなった男性に磨き立てられてトップの地位を射止めるのは
『マイ・フェア・レディ』、
ヒロインの勝負ドレス(笑)はマリリン・モンローさながら、
……と既視感や懐かしさもあちこちにあった。
設定もファッションも、きっと、この映画のテイストはすべて、
1950年代の名画へのオマージュになっているのだろう。

もうひとつ、この映画は私にとって、タイプライターへの郷愁を
思い出させてくれるものでもあって、そこがまた予想以上に楽しめた。
私は映画に出てくるのとほとんど変わらないタイプライターを打っていた世代だ。
80年代半ばには電動タイプライターも既に世の中に出ていたが、
学生はお金が無かったので、そのようなものは買えなかった。
上級生になってからのペイパーやレポート、卒業論文などはどれも、
オリベッティの手動タイプライターを使って自分で打ったものだった。
私のいた下宿では当時、皆が同じ大学の英文科だったから、
夜になると、どの部屋からもタイプを打つ音が聞こえてくる、
というのはよくあったことだった。

だから、ローズがタイプライターを抱えている場面では、
その重さが私の両腕に懐かしく蘇ってきたし、
インクリボンを取り替えるメンテナンスの場面では、
その匂いや手触りを思い出した。
ヒロインが世界大会決勝で経験するアクシデントの、
『死にそうになって打っている最中にアームが絡む』、
というのだって、私自身、幾度も経験したことだ。
尤も、ローズの場合は技術が高くて打つのが速すぎたからだが
私のは単に、焦っていて打ち方がザツかったからに過ぎない(爆)。

私(たち)はローズのように速さを競う腕前にはほど遠く、
ただタイプが打てないと作文や論文の提出ができなかったから、
必要最小限のタイピング技術を大学で習っただけだったが、
それでも、タイプを覚える過程では、私達なりの小さな苦心や努力があった。
例えば、手動タイプライターはキーがかなり重いので、
薬指や小指はほかの指以上に鍛えないと打ちづらいのが普通で、
これらが自由になり綺麗な原稿を仕上げられるようになるまでには、
やはり、各自それなりに練習が必要だった。
その際に、子供の頃に習ったピアノで、
10本の指が均等に使えるように訓練されたという経験は、
当時の私には結構役に立ったという自覚があった。
だからローズが、タイプの技術に磨きをかけるため、
マリー(ベレニス・ベジョ)に弟子入りしてピアノを習うというアイディアも、
きちんと根拠のあることだと私は観ていて思った。
少なくとも『アタックNo.1』のシェレーニナが、レシーブの動きを鍛えるために
ボリショイサーカスに入って特訓を受けた、的な話ではなかったのである。
まあ、ローズは曲を弾かなくてもハノンをやれば良かったんですけどもね(笑)。

それにしても、ヒロインの装いより何より「50年代だ…」と感じたのは、
全編、何かというと皆がタバコ片手に行動していて、煙モウモウだったことだ。
ルイもその父親も、早打ち大会の観衆も、誰も彼もしょっちゅう喫煙していて、
ローズまでスターになってからタバコを覚える場面があった。
私は映画の喫煙場面を見て怒るほど潔癖ではないが、それでも、
「世の中、どこへ行っても、さぞかしケムたかっただろうなぁ」
という想像は、した。
1950年代というのは、煙草はまだ社会的に嫌悪されることがなく、
ひとつの、おしゃれな小道具だった時代だった(^_^;。