
昨日、映画『千年の愉楽』を観た。
私は日頃、映画に対しては、生舞台ほどの執着は無くて、
「良さそう」と思っても、結局大半のものを見逃しているのだが、
寺島しのぶが主演しているとあっては、外せなかった。
美しい男性が次々と登場する映画なのに、
私の目的は、とにもかくにも、しのぶちゃん(^_^;。
原作は中上健次の同名小説なのだが、私は読んだことがなかったし、
事前にはこの映画について、ほとんど何も調べていなかった。
物語では、産婆のオリュウ(寺島しのぶ)が自ら取り上げ、
その誕生から死までを見届けることになった、三人の男たち
(半蔵(高良健吾)、三好(高岡蒼佑)、達男(染谷将太))の、
鮮烈な生き様が、オムニバス形式で描かれていた。
皆、いずれ劣らぬ魅力ある美青年ぶりで、個性も際立っているのだが、
誰も彼もが、破滅的な人生を選び、若死にをするという点は同じだ。
この世で『親より先に彼らを抱いた』オリュウは、
静かな深い慈愛をもって、常に彼らを受けとめ、成長を見守り、
その散り際を予感しつつも、彼らの後ろ姿に、
お前はお前のまま、生きよ、生きよ、と手を合わせて祈る……。
しのぶちゃん扮するオリュウは、良い意味で、年齢不詳だった。
最初の半蔵は、「初めて取り上げた子」だという台詞が後であるので、
オリュウが最も若いときに出会った赤ん坊だったことがわかるが、
彼らが青年になり成人してからも、オリュウはあまり、変わらない。
彼らの母にも等しく、故郷の象徴のようにオリュウはいつもそこにいる。
と同時に、特に達男に対して、オリュウが最後に『女』の面を見せることで、
彼女の存在は作品の中で、得体の知れないほど大きなものになったと思う。
オリュウには夫(佐野史郎)がいるのだが、
この夫婦は、かつて、子を病と貧困のために2歳で亡くしてから、
夫は仏門に入り、オリュウは産婆になった、と台詞で語られている。
以来、オリュウは、この世に誕生する命を受けとめる仕事をし、
夫の礼如は、あの世に渡る命が幸せであるように奉仕してきたわけだ。
三好が人を殺めて夜中に転がり込んできたとき、オリュウは夫を振り返って、
あなたは見ないで下さい、と言い、礼如がそれに対して、
悪い夢だな、という意味の返答をして、淡々と布団に戻るところが、
私は特に、印象に残った。
礼如こそは達観の極みのような人だった。
ときに、よけいなことではあるのだが、
劇中、どの角度から見ても壮絶に美しい男である半蔵と達男の、
鎌や斧の使い方は、かなりもうひとつだった(爆)。
なにしろ私は現代の秘境で、あのテのものを日常的に眺めて育った。
祖母なんか80歳過ぎても、ナタで薪を割って風呂を焚いていたのだ。
それを思うと、半蔵たちの手つき腰つきは、都会の青年そのもので、
おいっ、それじゃ怪我するぞ、脚ヤるぞっ、
と私はハラハラした。
それと、半蔵が山でうかつに榊を切ってしまい、
仲間達が祟りを畏れ、酒をまいて柏手を打つ、という件があったが、
うちらの村だと、あれは考えられないと思った。
榊は確かに、うちの実家の裏手の山にも生えていたが、
場所はある程度決まっていて、皆が知っていたし、
周囲の植物と区別がつかないようなものではなかった。
村人がうっかり切って、祟りだなんだと大騒動、
ということは、うちらへんだと、無かった(爆爆)。
しかし、そういう現実味の無さというか、曖昧さが、
かえって、あの映画の独特の雰囲気に沿ったものになっていて、
良かったのかもしれない、とも、あとで思った。
この世とあの世をつなぐという、不如帰の鳴き声が、
花窟(はなのいわや)に響く光景と相まって、
この集落には、現実とどこかちぐはぐな空気のあるのが、
適度な危うさを醸し出していて、似合っていたのだろうと思う。
三好が誘惑する人妻の役で、月船さららが出ていた。
彼女は、元・宝塚の男役で、新人公演主演も幾度もしたので、
私は舞台での彼女は結構回数多く観たことになるのだが、
ここで出会うとは思わなかった。
さららんは美人なのだが、今回は役が役だけに、
全く綺麗につくっていなくて、
着ているものの傾向も、洗練にはほど遠かった。
概ね、この作品に登場する周辺の女性たちは、、
半蔵の若い妻(石橋杏奈)ひとりが可憐だったことを除けば、
皆、どこか疲れた感じや、くすんだ雰囲気があった。
この映画の空気を決定的なものにしているのは音楽で、
全編、三味線と歌に彩られているのが、非常に印象的だった。
音だけ聴くと、沖縄などの南方の島唄風に聞こえたのだが、
ロケ地は紀州の入り江の村で、言葉や背景には関西色があった。
映画の終わりに、『バンバイ(万歳)』の歌詞が全部出るのだが、
私はそれを読みながら聴いて、初めて腑に落ちたというか、
今まで観ていたのが何の話だったか、最後にようやくわかった。
彼らの住む『路地』とは、どういう場所だったのか、
男達を繋ぐ『中本の血』とは、何だったのか。
三味線に導かれて作品世界に入っていき、
それが閉じられるとき、また三味線と歌に謎解きをして貰った。
途中まで、まるで不協和音のように、戸惑う箇所が多く、
決して、後味が良いと言えるような作品ではなかったのに、
見終わった今、かなり、もう一度見たいという気持ちになっている。
寺島しのぶ本人と同様、幕が降りたあとからまた何かが募ってくる、
「後を引く」力のある映画だったなと思った。