
娘の入試が全然ない日だったので、
母娘でホテルのひとつの部屋にいるのも(私が)耐え難く
昼前から、国立劇場まで文楽を観に行った。
演目や出演者以前に、時間帯で選んで入ったら、
11時公演は『摂州合邦辻』だった。
『万代池の段』と『合邦庵室の段』。
玉手御前は、夫のため継子のために、身を捨て、
己の命と引き替えにお家を守ろうとする貞女の鑑なのだが、
それを描くために盛り込まれている逸話や設定が、
なかなかに薄気味悪い。
特に、「寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に生まれた女」
の肝臓の生き血をあわびの盃に盛って飲み干せば、
病(顔が崩れて盲目になるという業病)が癒える、
というのは、なんという恐ろしい発想なのだろうか(大汗)。
文楽の人形というのがまた、その美に何か妖気が漂っていて、
顔と体の釣り合いも普通の人間とは違うし、
人形遣いに操られて魂の入る様も、観ようによっては異形の世界で、
歌舞伎の『合邦』とはかなり違った雰囲気が醸し出されるのを私は感じた。
妙技を尽くした太夫の語りと、あうんの呼吸で一体化する三味線の響き、
そして、台詞で触れられない箇所をも動きで見せる人形遣いの型、
など、役割が分担されているからこその面白さも、随所にあった。
この『合邦』は、私の幼き日(おそらく三歳半頃)の
人生初の歌舞伎観劇体験のときに、顔見世でかかっていた演目だった。
上演記録によれば、あのときの玉手は歌右衛門だったと思われる。
私は小さすぎて、物語の意味がきちんとはわかっていなかったが、
俊徳丸の紫の病鉢巻き姿や、玉手の黒い着物のイメージ、
それに松江の演じた浅香姫が美しかったことは、今も記憶している。
大成駒の玉手って、…今の私が観たら、怖くてビビっただろうなあ(爆)、
と、文楽の玉手を観ながら、今更思った。