先日、柴の子犬の「豆助」のことを書いたので、思い出したのだが、
私が子犬というものに初めて触れたのは、友人の家でのことだった。
当時私は小学校低学年で、登校班で集まって学校に行くために、
毎朝、近所の友達の家に寄っていた。
その家が親戚から子犬を貰ったとかで、ある朝突然に、
私の目の前に、小さな日本犬が出現したのだ。
これが、めちゃめちゃ可愛かった。
柔らかくて、きゅうきゅう鳴いていて、
つやつや光った冷たいお鼻を近づけ、私をぺろぺろなめてくれて、
世の中にこんな可愛いものがあったのかと、私はハマりまくった。
私の家には猫がいて、猫の可愛らしさはよく知っていたのだが、
犬もこんなに可愛いのかと、私は開眼した思いだった。
それからは、毎朝、友達の家に寄るのが、俄然、楽しみになった。
朝、登校前に、友達の支度ができるまで、
私は玄関で子犬と遊んで待っていた。
何をしてやっても子犬は喜んでまとわりついてきた。
あるとき、不注意で子犬の後ろ足を踏んでしまい(!)
きゃーーーーん!と泣かしたこともあった。
(そういえば、うちの猫は、近所の太った中学生の男の子に足を踏まれ、
「わん!」と鳴いて、「犬か?」と笑われたことがあった。)
しかし、私と子犬の蜜月は、一ヶ月ほどで終わった。
柔らかくて愛らしくて、逆らわず、まるで「生きたぬいぐるみ」だった子は、
ある時期を境に、はっきりと顔が長くなり、図体も大きくなり、
だんだん、こちらに寄ってこなくなった。
私が朝行っても、子犬が飛び出して来ることが減った。
間なしに子犬は中犬になり、やがて外につながれるようになった。
一人前に犬小屋も貰い、そのそばに繋がれて「お座り」している姿は、
もう赤ちゃんワンコでなく、立派な「犬」だった。
そして私が遊んでやろうと思って近づいていったら、こいつはどうしたことか、
「わんっ、わんっ、わんっ、ぐるるる……」
と怒った。なんという心変わり。私はがっかりした。
それでも、なんとか仲直りできないものかと、私は友人に、
このワンコの名前はなんというのか、と訊ねた。
子犬の頃は、ワンちゃんワンちゃん、で済んでいたのだが、
そろそろ元服(爆)も済んだ様子だし、名前で呼んでやろうと思ったのだ。
友人の返事は、「ゴル」。
実は、その友人一家は、ブラジルから帰ってきたばかりで、
家族間の使用言語が、単純に日本語とは言えなかった。
日常、ポルトガル語がかなり混じっていて、例えば、
扁桃腺を切ったときも、「ノドをオッペラスした」などと言っていた。
今にして思えば、一種の「ピジン」状態だった。
だから、彼女の言った「ゴル」の発音はとても難しかった。
「ル」が、日本語のラ行ウ段ではなく、ポルトガル語R風に、巻き舌だったのだ。
当時の私の実力では、犬の名前を発音することが、できなかったorz。
かくして、ゴルちゃんと私の仲は、完全に終わった。
友人とは仲が良かったので、登校班が終わってもよく一緒に学校に行ったし、
彼女や家族が、この犬を、ゴル・ゴルちゃん・ゴルの助、などと呼んで、
可愛がっているところは、よく見かけたのだが、
私自身は二度と、ゴルちゃんと遊ぶことは、叶わなかった。
私が小学校を卒業して中学校に行ってからも、
その家の前を通るたびに、私は朝に晩にゴルちゃんに吠えられ続けた。
まことに、番犬としては満点のゴルちゃんだった。
そしてあるとき、気がついたら、ゴルちゃんの姿は見えなくなっていた。
犬小屋だけが、さらにしばらくの間、残っていたが、
それもいつか、なくなった。