
11月になった。
ということは、実家の村の、神社の秋祭りが、
明日と明後日、行われるということだ。
うちのような農村では、秋祭りというのは、
村での生活や立場を左右するほどの大変なイベントだ。
私は長い間、「県外で下宿している」「転勤族のところに嫁に行っている」
「婚家の舅姑の自宅介護があって外出できない」等々の理由で、
祭りに来ない人間であることを周囲に認められたかたちだったのだが、
近年は少しずつ出歩ける境遇になったので、母の要請もあり、毎年、帰っている。
祭りがどういうものであるかは、子供の頃から知ってはいたのだが、
大人としての参加は、こちらに定住してからが初めてだったため、
初年度の私は、地元神社にお供えする「玉串料」を持参するのを忘れた(恥)。
しかも田舎の常として、村人は内心で思っていても誰も指摘してくれないので、
私は、あとになって自分で気がつき、「シクったな」と反省した。
それでも私は性懲りもなく、昨年また「玉串料」の用意を忘れそうになった。
2010年11月2日のツイートで私は、
『実家の村の、神社に持っていくのに、玉串料を入れるのし袋が、無いっっ!!
結婚式ではないので結び切りではなく、「紅白5本蝶結び」の
水引じゃないといけなかったのに、買うの忘れとった~~(泣)!
どーしよう、おかーさんに怒られるよ~~(泣泣)!!』(Posted at 09:39 AM)
『駄目だ、きょうはもう間に合わない。
明日も祭りはあるから、きょうの夕方、のし袋を買いに行って、
明日、神社に持って行こう。ひ~ん(涙)。
あんたは、そうやって、いっっっつも用意が悪い、
なんでも間際になってしようとするからあかんねん、
と母の説教が聞こえて来る。』(Posted at 09:42 AM)
……と書いている(^_^;。
『しきたり』とか『慣習』『親戚づきあいの作法』などの面では、
私にとっては婚家より実家のほうが、よほど手数がかかる。
格式がどうのとは全然関係なく、ただただ、極端な田舎だからだ。
田舎では不文律が多く、決まりから外れることがほとんど許されず、
違反すると黙って白い目で見られるので、気を抜けないのだ(^_^;。
しかも実家は一応「本家」という立場で、親類縁者も物凄く多い。
村じゅうが親戚みたいな閉鎖された場所に、神戸の街から嫁いできた母は、
どんだけ偉かったのかと、今になって思う。
なんのかんの言っても、その田舎でかなり小さい頃から育った私などは、
まだしも知っている世界で、それでもこれだけうっとうしいのに、
他県から突然やって来た花嫁には、どれだけ異次元の世界だったことだろう。
……その、かつて花嫁であった母に叱られないように(爆)
私は今年は、ちゃんと「玉串料」を既に用意した。
文房具店で売っている、「玉串料」と書かれたのし袋は、
ほぼすべて、白い封筒に真っ白な水引の組み合わせなので、
仕方が無いから、紅白蝶結びの水引のかかった、表書きのない祝儀袋を買って、
フェルトペンで、苦心惨憺して自分で「玉串料」と書いた。
理由はわからないが、村では皆が紅白ののし袋で持ってきているのだ。
まあ多分、例大祭は明らかな「お祝い事」だという認識だからだろう。
勿論、お金だけでなく、新米を何キロとか袋に入れて持参する農家もたくさんある。
その意味では、本当は「御初穂料」と書くのがもっと正式らしいのだが、
このような文字は、私の習字の力ではハードルが高すぎて書けなかった。
さあ、ともかく出来た。
この袋を祭りの当日、神社の総代さんのところへ持って行くのだ。
場合によっては「ああ?どなたさん?」と訊かれるだろう。
祝儀袋にうちの名字が書いてあるのに、などと思ってはいけない。
先方は、私がこの村の、誰の何にあたるかを訊ねているのだ。
私の今の姓は、うちの田舎にある限られた名字の中には見いだせないものなので、
「よそもん」であることは一目瞭然なのだ(汗)。
そうそう、もうひとつ、去年知ったのだが、
実家の神棚にもお供えを買って持って行くのが望ましいようだった。
手伝いに来ていた叔母のひとりが、去年、菓子折を供えていたのだ。
饅頭か何かを、あとでデパートに行って買って来よう。
これで今年は、準備万端だ。よくやった、ワタシ。
……あとは、当日持って行くのを忘れないことだよ。いやマジで。