突然の死に備える「オタクの逝き方」、さまざまな“オタク層”を想定(ナリナリドットコム)
『本書は、いわゆる“オタク層”と呼ばれる人々が、突然の死に見舞われた場合を想定したハウトゥー本。遺族に「恥ずかしい」コレクションを見られてしまったり、価値の高いコレクションをゴミ同然に捨てられてしまったりといった“悲劇”を未然に防ぐための整理方法や、遺言の作成方法を教えてくれる一冊だ。』
私には大いに関係があると思い、amazonで注文しようとしたら、
早くも在庫切れで、2~4週間待ちと表示された。
世の中、恥ずかしいコレクションを所有する人は多いようだ。
私の場合、やはりイーヴォ・ポゴレリチ関係資料が膨大だが、
これは幸い、家族や周囲が見ても、その「恥ずかしさ」の度合いは、
理解できないだろうと思うので、
『このワタクシが、人様からどう思われるか!』
という観点からの心配は、さほどしていない。
彼に関する記事も写真もディスクも、自作の文章も、
私にとっては、私が生きていた間だけ、価値のあったものだから、
あとは破棄して貰っても資源ゴミに出して貰っても、私自身は構わない。
厳密に言うと、彼の演奏に関して私が折に触れて書いた文章は、
公開していないものもパソコン内には眠っているので、
家族がもし丹念に読んだとしたら、「けっっ」と思うに違いない(笑)。
ファンが思いのたけを綴ったたぐいのものは、
ファンでない人が見れば「イタい」だけだ。
これは世の常だから、仕方がないと思う。
その点、彼に関する記事やディスクは、ここまで集めるためには
四半世紀以上の年月がかかっていて、海外まで出向いて入手したものもあり、
ファン仲間であれば、その稀少価値を理解して下さるものも多いはずだ。
なので、私がこの世から居なくなるときに、
私自身はもはやそれらに執着を持たないとしても、
私と同じようにポゴレリチを愛する、どなたか(複数の方々でも)に
引き取って戴ければ、再びこれらの資料がお役に立つことになるだろう。
家族に手間をかけさせないカタチで、それが実現できるものだろうか。
『オタクの逝き方』が手に入ったら、ちょっと研究してみよう(笑)。
一方、皆が笑うだろうと思うのは、私の、宝塚関係のコレクションだ。
特に、98年から近年まで熱狂的に追っかけた、たかこ(和央ようか)さん関連は
カセットテープやビデオテープから、MD、CD、DVDに至るまで、
媒体の歴史的変遷が観察できるほど、映像・音声だけでもかなりある。
公式グッズ、FCグッズ、会服、お茶会記念品、写真、ブロマイド、切り抜き、
公演チラシとプログラム、歌劇・グラフ、等々、正気の沙汰ではない分量だ。
モノによったら、消費用・保存用・布教用と同じものを三つ買ったりしている。
そもそも、なーちゃん(大浦みずき)時代の品々でさえ私は未だに持っているのだ。
目の上が青い濃い化粧して男の格好をした女が大好きだった、
ということは、ワタクシの遺品から明白だ。
しかし考えてみると、突然死したときに、
恥ずかしいモノが残る心配などまったくない、
という人は、果たして普通に多いのだろうか?
以前から闘病中で万が一に備えていたとか、覚悟の自殺をした場合を除き、
死ぬ予定がほとんどなかった人ならば、各種、未整理のものが
身辺に散らばっているのが、むしろ一般的なのではないかと思う。
片付けていない私室を一般公開できないのと同じように、
こっぱずかしい日記とか手紙、書きかけの創作めいた文章やイラスト、
公開予定のない演奏その他の音声、人には見せられない衣類、
こんなの読むのか!と思われるような蔵書、・・・などなど、
人によるだろうが、様々あって当然だと私は思っている。
少なくとも、なんらかの趣味がある人ならば、一応は、
このテの逝き方研究を、時間のあるときにしておいたほうが良いかもしれない(笑)