パンダは もう無理 | 転妻よしこの道楽日記

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神戸のパンダ急死、中国側へ4100万円賠償(読売新聞)
『9月に急死した神戸市立王子動物園のジャイアントパンダ「コウコウ(興興)」(雄、14歳)について、同市は2日、日中共同調査の結果、死因は、人工授精用の精子を採取するための麻酔から覚める際、吐いたものが肺に入った窒息死だったと発表した。』『麻酔の施術は適切だったが、自然死ではなかったため、市は中国側との協議書に基づき、損失補償金50万ドル(約4100万円)を支払う。市は掛けていた損害保険で補償金を賄う方針。』

私は動物が好きなので、パンダもとても可愛いと思う。
上野に初代パンダがいた頃、主人は幾度か通りかかったが、
いつも汚れてグレーになった大きな熊が背中を向けて寝ているだけで、
映像で見るようなタイヤで遊ぶしぐさは一度たりとも無かった、
――と言って、今でも怒っているのだが(笑)、
私は寝ているだけのパンダでも可愛いじゃないかと内心では思っている。

しかしそれとは別に、このニュースを読んだとき、
日本は今後はパンダを借りるべきではない、と感じたのも事実だ。
国内でパンダを見ることが出来なくなっても、もう仕方がない、
と、この金額を見て思った。

パンダが日本人をどれだけ楽しませてくれたか、私は知っているし、
それを贈ってくれたのが中国だったということも、忘れていない。
そのことへの感謝は今もある。私もパンダ来日を喜んだ子供の一人だった。
安く貸せとか、損失補償金が不当に高い、等と言いたいのではない。
ワシントン条約のために、パンダの寄贈自体が今はできなくなったから、
中国がパンダを国外に出すためには、とりあえずレンタルしかなく、
貴重な種を貸し出す以上、相応のレンタル料を取るのは当然で、
何かあれば保証金を取るのも当たり前のことだと思っている。

しかしもはや、日本にはお金がなくなった。
ミもフタもない話だが、日本は日々の暮らしにも困る国家になっていたのだ。
私がそのことを痛感したのは、事業仕分けの風景を見たときだ。
蓮舫議員が目を釣り上げて仕分けをする様を目の当たりにして、
私の心の中で何かが大きくくじけた。
あれほど脱力したことはかつてなかった。
あの「仕分け」というものの有様に、私は形容し難い嫌悪と失望を感じた。
「私が漠然と信頼してきた日本は、こんなところまで堕ちていたんだ」
としみじみ思った。国債発行額の意味を知ったときより気持ちが萎えた。

今、日本にあるのは、過去の経済的繁栄を根拠にした、
幻影に等しい国際的「信用」だけではないか。
山小屋のトイレの掃除代まで「仕分け」しているご時世に、
つがいで年間1億円などというパンダを何組も借りている場合ではない。
ODAを負担し続けるだけでも、日本はもう精一杯のはずだ。
詳しい契約内容はわからないが、ともかくパンダは全頭レンタルなのだから、
できるだけ早く、違約金などの損失が最も少ないかたちで、
日本にいるパンダは、可能ならすべて、中国に返還すべきだと私は思っている。
そもそも日本の動物園に居続けることが、パンダの幸せに繋がるわけでもない。

日本にパンダがいなくなったら、日本の動物学、特にパンダ研究の分野が、
取り返しの付かない打撃を受けることになるのだろうか。
私はそのほうの知識が全くないので、一概には言えないけれども、
これまでだって中国ありきで研究をして来たのだろうから、
中国のパンダ育成基地となっている研究所などと協力を続けることで、
当面の折り合いはつかないものだろうか。
どのみち、今や日本の学問も芸術も、かつてとは大違いの、
不満足な状況の中で、自らの才覚でやって行くしかなくなっているのだ。

「客寄せパンダ」と言うが、パンダの珍しさは70年代と同じではないし、
また、何も珍種を置かなくても、動物園の運営方法の見直しによって、
来園者を増やすことができるのは、旭山動物園の例を見れば明らかだ。
パンダが日本からいなくなれば、それだけで年間何億円も浮くのだから、
そのごく一部でも、それぞれの動物園に分配して、
集客のための、動物園側の工夫や向上を援助して行けばいいと思う。
日本の今の国力では、もうパンダは高額過ぎて、無理だ。
なぜこれを早く「仕分け」しないのか。