私は今でも、最も安楽な暮らし方は一人暮らしであると思っている。
少なくとも自分にとって、これまで一番楽しく、かつ充実していたのは、
18歳から28歳までの、一人暮らしをした十年間だった。
若くて体力があり、22歳以降は仕事もあり経済的不安がなかったから、
というのが、あの時期ならではの大きな要因だったとはわかっているが、
それでも、万事が自分中心、誰にも気遣いなく何でも思いつきで行動できる、
という自由さは、家族があったら絶対に得られなかったものだった。
ひとりは寂しいから早く結婚したい、
などと言い出す友人の心境が全然理解できなかったものだ。
私は基本的に、大変自分勝手な人間なので、
可能なら、今でもときどきは一人暮らしがしたいのだ(殴)。
しかし、家庭持ちの今となっては、そのようなことを考えるのは、
本当は家族に対して申し訳ないことだ、という罪悪感もある。
どう考えてみても、私は家族に関して全く不満はないのだ。
得手勝手な私を、主人と娘だからこそ容認してくれていると、感謝している。
それに、そもそも、一人暮らしがしたい、などと言えるのは、
家族がいるのを当然の前提としているからこその、
傲慢な言いぐさであるとも思っている。
現実に家族がいなくなったら、
今度こそ私は、生きていけないほど寂しいに違いない。
もし今後、娘が進学や就職などで独立し、
それなりの年月を経て先に主人が天寿を全うするような順序になれば、
これはもう客観的には、満足すべき境遇と言うほかないと思うのだが
(妻が夫を看取る、という順番のほうが、一般的にはやはり幸福だろう)、
おそらく私は孤独感に苛まれ、とても虚しい気持ちになることだろう。
一人暮らしを続けて現在の年齢になったのとは違い、
一旦、家族を持ってしまった以上、
昔のような一人暮らしは、もう出来ないのだと思う。
ときに、きょうから主人は一泊二日の東京出張で、
二日連続、晩ご飯は要らないということになっている。
料理嫌いの私にとっては、これは素晴らしい解放だ。
そういえば一人暮らしだった頃は、自分さえ不満がなければ済むので
料理など滅多にしなかったものだ。これも精神衛生上、良かった(殴)。
主人は主人で、今夜はどこぞの中華料理でディナーを楽しみ、
明日は仕事のあと、横浜美術館でドガを観る、という予定なのだそうだ。
本当ならこの機会に東京でゴッホが観たかったのに、
国立新美術館はよりによって火曜定休だ(--#)、とも言っていた。
そのことが頭にあったせいか、今朝ほど私は夢を見た。
夢の中で、私は主人と離婚することになっていた。
別に何か事件があって決裂したとかではなく、
最初からそういう○年契約みたいな結婚だったらしくて、
その満期(爆)が来たための離婚だった。
夢の中では娘はいなくて、私も十年以上昔の姿に戻っており、
次に結婚する人ももう決まっている、という設定だった。
しかし夢の中の私は、「次の人」が気に入っていなかった。
別に悪い人ではないのだが、冗談が通じないタイプで、
でもとても生真面目な人なので、会話に気をつけないと悪いし、
どうやったら楽しくできるかなあ、難しそうだなあ、と私は考えていた。
「次の結婚をやめて、このまま続けることってできないのかしらん」
と言ったら、主人は、
「違約金150万円くらい払えば不可能ではないと聞いたけど」
と言った。その金額を聞いて、私は迷っているのだった。
夢の中の主人は、150万円の価値はなかったのか(爆)。
だいたい、主人の意向は、どうなっているのか。
なんかヒド過ぎませんか。