まだやっていたのだ。凄すぎでございましょ?
年末からしばらく私の目眩の再発・再々発があり、
年明けからは実家の母のヘルニア騒動、
春になったらポゴレリチ来日関係、といろいろあって、
市外まで遠征しないと出来ない手続きが、たったひとつ、滞っていたのだ。
相続手続き関連で残っているのは、この一件だけになっていたのだが。
そう、それは舅宅の相続登記。
これだけは広島市内でカタがつかないのだ。
だから簡単に手を付けることができなかった。
舅宅は広島市佐伯区でありながら、市内中区の法務局では駄目で、
な・ぜ・か、隣の市、廿日市市の法務局廿日市支局でないといけないのだ。
路面電車で50分、さもなきゃJRで出て五日市か廿日市で広電乗り換え。
意味わかんな過ぎ。
どうして広島市のことを隣の市まで行って手続きするのか???
舅が亡くなったときは、準確定申告の手続きもあったので、
主人が一日年休を取り、法務局と税務署をハシゴした。
だが、きょうは代理人の私しかいなかった。
イヤな予感がした。
果たして、朝からさんざん電車に乗って
暑い中、地図を頼りにたどりついた廿日市法務局で、
不動産登記の係の人に会うと、彼は私の持参した書類を見るなり、
「遺産分割協議書、原本はお持ちじゃないんですよね?」
と訊いてきた。
原本と相違ない、という署名捺印はあったが、コピーしかなかった。
それから、登記申請書の不動産の表示のところで、
価格が一円の桁まで書かれていない
(主人は何を思ったか勝手に千円の桁までで切り捨てていた)、
従って、課税価格の千円の桁の数字が違って来る、と指摘された。
私は脱力した。
そこを直そうが直すまいが、結論のところの、
登録免許税の価格は全く違わないのに~~(泣)。
しかしそのようなことは、まだ序の口だった。
遺産分割協議書は舅死亡時のもののコピーで、
その時点で姑と主人しか相続人が居なかったことを示すものであり、
今回は主人以外の相続人はいないのだから、結局、無しでも良かった。
また、私は主人の実印を持参していたので、イザとなれば、
小さい数字がどうのこうの、はその場で訂正を書き入れることが可能だった。
そんなことより。
もっと決定的な失敗が、きょうはあったのだ。
それは。
私が持ってきた固定資産課税台帳登録事項証明書が
平成21年度のものだったことだ。
区役所に行ったのは3月だったのでうっかりしていたが、これはもはや無効だった。
平成22年4月をまたいでしまった今、年度は平成22年度になっているので、
固定資産税も平成22年4月1日付の、
新しい数字が記載されているものでなければ、受け付けられなかったのだ。
ヤられた。それは完全に抜けていた(涙)。
教訓:法務局での相続登記において、謄本類に有効期限は無いが、
固定資産課税台帳登録事項証明書に限り、年度内のみ有効である。
申請する年度の、4月1日付の金額を証明する書類が必要である。
つまり、きょうの廿日市遠足はほぼ完全な無駄足として終わった。
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ただ、きょうはふたつばかり、廿日市法務局は良いことを教えてくれた。
一点目は、固定資産税に関しては、台帳の写しを取らなくとも、
「平成22年度固定資産税・都市計画税 納税通知書」
が手元にあれば、年度と金額がわかるところのコピーで代用できる、
ということだった。
舅のときからきょうまでやってきて、私は初めて聞いたぞ、そんなこと。
よもや、廿日市だけのローカル・ルールじゃあるまいね?
二点目は、最近になって規則が変わり、
相続登記の手続きがすべて郵送でできるようになった、ということだった。
以前は管轄法務局への直接持参しか認めなかったのだが、最近になって、
書留郵便の扱いにすれば、こちらからの書類提出や手続申請、
そして法務局からの登記識別情報の通知および関係書類の返却は、
すべて郵便だけで可能になったそうだ(申請時に返送用封筒・切手も同封)。
早く、そうして欲しかったな。そして、早く私にそれを言ってくれていれば。
徒歩で行ける法務局本局の相談コーナーで書類を完成させて、
家の前の郵便局から出せばコト足りたのに。
それだけで済むのなら、3月どころか、昨年のうちに出来たのよ。