満中陰法要 | 転妻よしこの道楽日記

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姑の四十九日法要で、朝から某寺院に行った。
親戚や親類同然のつきあいだった友人知人等々、
出席者17名での法要だった。

昨夜から大雨で、今朝も雨と雷が続いていて、
どうなることかと思いながら出発したのだが、
不思議なことに、お寺に着いた頃から小雨になり、
法要のあと、納骨のために外の墓地に出た頃には、
雨は、完全に上がっていた。
曇り空だったが雨はなく、炎天などという陽射しとも無縁で、
夏のこの時期とは思えない、過ごしやすい天気だった。

ばーちゃん、ありがとう~。

納骨のとき、私は初めて、墓石内部の骨棺部分を見た。
舅の納骨のときは、私は筋腫手術の直前で出血多量のため動けず、
納骨式には主人と娘だけで行って貰ったのだ。
石屋さんが来て下さっていて、作業は全部やって下さったのだが、
見ていたら、花を供える水鉢とその土台になっている石を外すと、
中は小さい地下室のようになっていて、骨壺を安置する場所があった。

そこに、姑の紫色の骨壺を置いたのだが、
となりで、舅の白い骨壺が静かに待っていた。
じーちゃん、どんなにこの日を待っていただろう。
元通りに水鉢部分の石が閉じられるとき、
暗くなりかけた骨棺の中で、
じーちゃん・ばーちゃんが「二人だけ」になるのを私は見た。
『家で、ばーちゃんと二人で』暮らしたい、
と舅は晩年によく言っていた。
久しぶりで、それが叶ったのだ。
骨壺になっても、『比翼連理』そのものの二人だった。

終わってから、皆で、会食をした。
主人の気に入った仕出し屋さんに毎回頼んでいるので、
法要料理は、舅の四十九日のときから、ずっと同じだったが、
私はふと、これをゆっくり食べるのは今回が初めてだ、と思った。
どうしてかと言うと、今までは、姑に隣に座って貰い、
私はいつも、姑の食事介助をしていたからだ。
姑を間にはさむかたちで主人が向こう側の隣にいて、
主人もまた、姑の食べられそうなものを
次々と口に運んであげたりしていたものだった。

姑の好きだった、だし巻き卵、エビの押し寿司、栗きんとん、
どれも切なかった。