運針である | 転妻よしこの道楽日記

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娘が学校の家庭科で「運針」を習った。

昔、私が子供だった頃、周囲に明治生まれの人がまだ結構多くて、
彼女らは例外なく運針がうまかった。
大叔母など、右手でも左手でも運針ができたので、
両方の中指に最初から指ぬきをはめていて、
右から左に縫ったら、縫い針だけ左手に持ち替えて、
布はそのまま、今度は左から右へと縫った、というツワモノだった。
「針が持てる」、というのは彼女らの誇りだった。

その点、平成生まれの娘達は、凄い。隔世の感がある。
昭和30年代生まれの私でさえ驚くことに、
娘らはなんと、運針を長針で、する。
指ぬきはあるが、中指の付け根というか手のひらに近いところで、
針の根本を支えるスタイルだ。
私は運針は短い針でするものかと思っていたし、
第一、中指の第一関節下部で押すようにして支えないとできない。
更に、娘らが使う針をみたら、針穴が、丸ではなく、長細かった。
それは、和裁の針では、ないのでは?

娘は、今までまともに針など持ったことがなかったので、
家庭科で運針を初めてした日、なんと、
ヒト針の縫い目が2センチもあった、ということだ。
それは、既に運針では、なさそうな感じがする(汗)。
だが娘など、まだ甘いものだった。
娘の隣の友達は、なななんと、ヒト針4センチで縫ったそうだ。

アンドレ・ザ・ジャイアントの服でも、それでは、困る。