向学心を阻む“年齢の壁”(東京新聞)
先日来、新聞などで話題になっている話だが、
群馬大医学部を受験して不合格になった55歳の主婦が、
大学側に入試成績情報の開示を求めたところ、
合格者平均点を上回る得点をしていたことがわかったのだそうだ。
得点基準を満たしていながら不合格扱いにされた理由は、
群馬大入試課担当者の『個人的見解』によれば
「国立大学には長い年月と多額の費用をかけて社会に貢献できる医師を育てる使命がある。しかしあなたの場合、卒業時の年齢を考えたとき社会に貢献できるかという点で問題がある」
ということだったらしい。
当該の主婦は不合格の取り消しと入学許可を求めて、
前橋地裁に訴えを起こしているということだ。
それで、そもそも話の根本に戻るのだが、
不合格理由は本当に、55歳という年齢、なのだろうか。
大学側の公式見解なるものは、既に出ているのだろうか。
もし本当に、それ以外の理由が全くないのだとしたら、
私の感覚では、これはやはり大学側に落ち度があったと思う。
55歳のおばさんでは、国立大医学部の教育は受けられない、
というのがこのギョーカイの「常識」なのなら、
素人にもわかるように、出願時に言っといてよ(--#)、と思う。
だって、群馬大医学部のHPを見たら、
『医学および生命科学の研究者、医学教育者、高度な専門職である医師・医療保健従事者をめざす全ての方々に入学の機会を与える』
という文言が入学案内の最初にはっきり書いてあるのだもの。
『入学の機会』ですよ、『受験の機会』ではなく。
少なくとも○年以上奉職できる見込みのない年齢の者は不可、とか、
同得点者が並んだ場合の合否判定には年齢を加味する、とか、
医師としての年齢的将来性に関わる項目が最初から設けてあったのなら、
それを承知で受験するのだから、年齢を理由に落とされても仕方ないが、
入試が全部終わって初めて、「歳だから」と閉め出すのは不当だと思う。
ひとりの医師を養成するのに莫大な税金がかかるのだから、
国立大の医学部では将来性のない年齢の者には機会を与えない、
という判断は、よく理解できるけれども、
それならそのように、医学部募集の段階で明記すべきだと私は思う。
あるいは、「○歳以上の者は研究医のみ可」とことわっておくとか。
少なくとも、わざわざ「全ての方々に」と書くことはなかったのではないか?
それと、卒業後の社会的貢献度を尺度に合否判定をするのが正しいなら、
国立大学の場合は歯学部・薬学部・法学部・教育学部など、
資格取得に直結している学部は皆、同じことではないのだろうか。
資格を取っても職種によって「定年」に引っかかりそうな者は、
税金かけて教育するだけ無駄だから、合格していても入学させない、
という判断があって良いということだろうか。
そうではなく、要はカネの話であって、医師の養成は費用がかかるが、
「莫大な税金」をかけなくても教育できる学部に関しては、
卒業後、役に立とうが立つまいが、まあどうでもいい、ということかしら。
・・・・多分、そうだな(^_^;)。
だったら尚更、医学部の特殊性について、募集の段階で、
きっちり明記していなかったのは、大学側の落ち度だと思う。