第1章
**********Easy Action
マイバッハの乗ったハマーは2時間ほど走ると渓谷の入り口に差し掛かった。
ウラルには森林があまり無く、砂漠と岩肌あらわな渓谷と
急速に開発されたオアシスと趣の異なる複数の景観を持っている国だ。
無論、急速に開発されたオアシスはその資金をレアメタルに依存していたことは言うまでも無い。
マイバッハの車は渓谷を進み、やがて岩肌をくりぬいた洞穴に吸い込まれていく。
ここが”ウラルの光”の本部だ。
洞穴の中は体育館ほどの高さと幅でくりぬかれ、中にはマイバッハの乗りつけたハマー以外に複数の軽装甲車両がおいてあり壁にはそれらの車両に装備するための銃火器類が整理されている。
奥にはドアがあり、この施設がさらに奥に広がりのあることを暗示させる。
マイバッハは敬礼もそこそこに足早にハマーから降りるとドアを開けてさらに奥に進み、突き当りの部屋のドアを開ける。
「エラヌス!」
そう呼ばれた男はデスクで資料を読んでいたが、視線を上げてマイバッハの方を見た。
髪は短く切り揃えられ、銀縁の丸めがねをかけている、細身の男だ。
戦時下とも言えるウラルの、しかも反政府組織という位置づけの組織にあってこの男は仕立てのよいスーツを着ていた。
「マイバッハ・・・・・。」
問いかけに答えたものの、その視線はすでに掌中の資料に向けられていた。
「何のようだ?。前線のあなたがこちらに来る用件は無いはずだが・・・」
「聞きたいことがある!」
エラヌスの態度にこみ上げてくる感情を押し殺したようにマイバッハは低く響く声で問いかけを続ける。
「なぜ前線の兵站拠点の戦力を下げた?」
「・・・ああ。それは戦線維持の為に攻撃拠点に振り替えたのだ」
「兵站が維持できなければ戦線の維持すらできんのだぞ!」
エラヌスは漸く資料から視線をあげてマイバッハを睨み返す。
「それくらい承知している!」
エラヌスはさらに続ける。
「兵力は無尽蔵ではない。目的を果たすためにもっとも効果的な部分に重点配置するのは政治も軍事も変わらぬはずだが」
マイバッハも負けてはいない。
「では聞くが、あの拠点はすでに攻略された。兵站拠点の構築はどうするのだ」
「兵站拠点はすでに新しいものを構築準備に入っている。」
エラヌスはさらに続ける。
「兵站要員は100。守備要員は30だ」
「30?」
マイバッハは驚きの声を上げる。
「気は確かか? 攻略された兵站拠点はそれよりも多い兵力で守っていたのだぞ。30というのは無防備に等しい数字だ!!」
エラヌスはにやりと笑うとそれにかぶせるように返答する。
「できるのだよ、30で。ちょうどいい、見せてやろう。」
そういうとエラヌスは立ち上がり、ゆっくりと部屋を出る。
「きたまえ」
そういわれマイバッハは黙ってその後に続く。
軍人としての歴が長いマイバッハはこと守備兵力に関しては
その重要度に比例して要員配置を手厚くする、という”相場観”を持っていた。
(攻略された兵站拠点は研究所からも近かった。あそこから戦線を構築して押し上げていけば研究所の奪還も難しい話ではない。それを・・・)
クーデター共謀者でありながらマイバッハはエラヌスが配下のように自分を扱うのが癪に障っていた。
エラヌスはある一室にマイバッハを招き入れる。
そこには小柄な老人が立っていた。
(だれだ?)
エラヌスが老人を紹介する。
「バトウ博士だ。兵器開発担当だ」
マイバッハは老人の頭からつま先までを用心深く観察する。
(ウラルの人間ではないな。何者だ?)
老人は特に挨拶するでもなくそこに立っている。
「博士はヴァンガードカンパニーからきてもらっている。」
エラヌスが補足するように続ける。
「ヴァンガードカンパニー!」
マイバッハはその名前を聞いて思わず手に力が入る感覚を覚えた。
(よりによってこの世で最悪の組織と組んでいる!)
ヴァンガードカンパニーはアフリカの騒乱を利用して巨大化した軍事企業で武器の流通はもちろん兵士の派遣や兵器開発まで行う複合産業体といってよかった。
そしてこの組織は戦争が発生すれば必ず何がしかの形で関与し、時に自ら火種を作って戦争を引き起こす、死の商人と言うより、死神に近い存在だった。
「見せてもよろしいので?」
バトウはマイバッハを見据えたままエラヌスに了解を求める。
「かまわん。」
「では。」
バトウはプロジェクターのスイッチを押し、抑揚の無い声で説明を始める。
「現在わが社で開発中のウォールハックです。」
画面に写されたスコープの画像をみてマイバッハが驚嘆の声を上げる。
「おお! 壁の向こうが見えるのか!」
画像ではスコープが左右に動き、コンクリの壁を横切る際、赤外線画像の様に人が浮き上がって表示されていた。
「熱感知の技術と赤外線、電磁波関連の技術を組み合わせたものです」
バトウがさらに続ける。
「このスコープを装備する銃には特殊な貫通弾が必要で、その開発もほぼ終えています。」
「自己鍛造弾のようなものか?」
思わずマイバッハが問いかける。
バトウはそれらに反応するでもなく言葉をつなぐ。
「自己鍛造弾を小型化したもの、ということになります。」
「自己鍛造弾は貫通力と直径に相関があるはずだ、大きな貫通力を得るためには径が大きくならざるをえん。小型化など!」
「貫通可能な厚みに制約があるのと、若干の課題が残っていますが、量産はまもなく可能です」
「信じられん!!」
マイバッハは自分の経験と知識の枠を超えた情報を目の前にしてそれを肯定することができないでいた。
「・・・・・実際に見ていただきましょう・・・・」
そういうとバトウはプロジェクタの電源を切り、歩き始める。
「こちらへ」
促されるまま、マイバッハも後に続く。
奥の部屋では兵士が射撃訓練を行っていた。
射撃訓練に使うさまざまな的がさまざまな距離から左右上下に移動している。
兵士はその的をいとも簡単に打ちぬいていく。
(腕のいい兵士だ。)
マイバッハは死神の下僕であることを忘れ、兵士の腕前に感嘆する。
バトウはその兵士に近寄ると何事か耳打ちをする。
その後兵士はもう一人の兵士とともに銃を携えて戻ってきた。
「では」
バトウの合図とともにコンクリートの壁がせり上がり、的の動きが一部分視認できなくなった。
「では壁の向こう側でご覧ください」
バトウがマイバッハに勧める。
マイバッハは端の通路部分を奥に進み、目の前にコンクリートの壁と動く的が同時に見える位置まで移動した。
バトウはそれを見ながらエラヌスに近づき、ほとんど唇を動かさない状態でエラヌスに問いかける。
「殺しますか?」
エラヌスはマイバッハを見据えたまま、バトウ同様唇を動かさない状態でその問いに答える。
「やつにはまだ利用価値がある。」
「御意」
バトウが手を挙げると、先ほど連れてこられた兵士が伏射の姿勢をとり、銃を構える。
「ドンッ!」
発射音とともにコンクリの壁には銃弾よりもやや広い穴があき、その奥の的は木っ端微塵となった。
「ドンッ!」
「ドンッ!」
「ドンッ!」
「ドンッ!」
いずれの銃弾もコンクリを貫通し、的を破壊したのを見てマイバッハは言葉を失う。
(これが・・・・。これがエラヌスの自信の源、30の根拠か!)
「これが30の根拠か・・・・」
エラヌスはそれには答えず踵を返す。
「行くぞ・・・」
マイバッハはすでに乗り込んできた当初の勢いを失い、付き従うようにエラヌスの後を追う。
それを目で追いながらバトウは嘆息しながら傍らの兵士に指示を出す。
「おい、それを片付けろ」
”それ”と呼ばれた先ほどの伏射姿勢の兵士は耳から血を流し、絶命していた。
(多量かつ強力な電磁波で脳をやられたか。
使用可能な時間が短すぎる、まだつかいものにならんかもな)
バトウは腕組みをしながら訓練場を後にした。
Easy Action 完
第2章 Combination に続く