「ここに書いたことはすべて書かなかったことによって歪曲されているのを、忘れてはいけない。このおぼえがきは、欠落の周辺を掘り起こしているにすぎないのだから。」
ハルタの靴
ハルタの靴といえば学生靴。
高校を卒業して時間がたつが、
いま自宅から1マイル以内は、
ハルタの靴を履いている。
この靴、高校入学時に買って貰ったものの、
ほとんど履かずに終わったシロモノ。
卒業して数年して、
どういうわけかぺたんこ靴が履きたくなり、
愛用しはじめた。
とはいえ、一度引っ越しのとき、
さすがにもう捨てようと思い、
ゴミ蔵までもっていきながらも、
夜中に気になって救出したという思い出を持つ。
毎日新聞の夕刊に、
よくハルタの広告がでていて、
母がそれを見て、
学生の頃欲しいものを欲しいといえなくて、
ハルタの靴にずっと憧れていた、
ということを耳にしていた。
そんなこともあり、
なんだか捨てるのがもうしわけなくて、
いったんマジックで靴の内側の名前を消したものの、
散歩に買い出しに大活躍のハルタ。
靴道楽がすぎて、
イタリアの靴だ、やれビスポークだと、
ハルタの十数倍の靴を誂えてはいるものの、
ハルタを履くと、
ホーム感がじわじわとにじみ、
落ち着くのである。
値段のわりに、
奇跡的にここちいい靴音なのも好きなところ。
履きつぶすときがくるかもしれないが、
もう少し付き合っていきたい。
オバQゴミ箱
ゴミ箱で満足いくものがないので、
会誌やらが送られてくるA4の封筒を
近頃はゴミ箱代わりにしている。
そのまま後腐れなく捨てることもできるので、
まったくいい。
座右のゴミ箱である。
(本当は座左だったりするが)
ところで本日ゴミ箱と相成ったのが、
うすい色。
ゴミ箱となるためには、
A4の封筒は底部はマチ部として
折りたたんで用いる。
オバQに似てると思ったが最後、
座右というのは便利なもので、
マジックにて本当にオバQになった。
目鼻が付くと、
アニミズムではないが愛しさが募って、
捨てられなくなる予感。
そうはいっても所詮はゴミ箱。
というわけで、
捨ててもさびしくないように、
ここに証拠の写真をパチリ。
UFOにさらわれて
先だって、
某国立病院で首の手術をした。
命に別状なく、
悪性でもないのだけれど、
時間のあるときに
しておこうと急遽あいなった次第。
手術台に初めて乗っかったとき脳裏に、
一ヶ月前に、
学生相手に
「私がアンタらに病院で世話になるときは
痔になったりオモロ系か、
美容整形やな。
そんときはたのんだで!」と
勝手な冗談を言っていたことが浮かぶ。
あんな冗談言うんじゃなかった。
こんなに早く、
手術台のまぶしいライトに照らされるなんて。
ノドボトケのあたりの手術で、
巨大な抗菌シートが全身を覆い、
私のノドボトケ周囲だけが
世界に開かれているという体たらく。
いきなり頭頂部から看護師の手が伸びて、
「息できるようにしておきますね」
なんて息ができる程度の余裕をつくった後に
言うではないか。
心電図も胸に取り付けられるけれど、
胸のあんなところやこんなところに
勝手に取り付けた後で、
「心電図つけましたからね」
なんて事後報告である。
メディカル・エシックスってなんだろうなんて
考えていたら、
カチャカチャと金属音がして
手術が始まって。
頭上では、
リラックス系のBGMとして、
冬ソナのテーマや、
鉄道員が流れているけれど、
全くリラックスできず。
どうせなら、
ニルバーナとか、
ぶっとんじゃってほしいのが
個人的見解。
というわけで、
妄想でもしてみようと考えたのが以下。
「私は今UFOにアダプトされて、
人体実験施術中。
首にチップを入れられて、
超人になるらしい。
人よりすごいことになる
(どうすごいかは不明)。」
そう考えたら、
わくわくしてきて、
心拍数が上がり気味だったのは無視。
手術も妄想も無事に終わった。
超人になったけれど、
夏の暑さに弱いままだった。
手術は怖い。
ティッシュの箱
ティッシュって
なんであんなにダサいパッケージなのか。
今まで住んだどの家でも、
部屋にティッシュを置いていなかった。
洗面所のひそやかなるところに待機させて
そこから引き抜いて使っていた。
もちろん、
風邪のときなどの緊急事態には
部屋にいれてやってもよいという臨機あり。
手狭になったので、
もうすぐ引っ越すことにした。
部屋から洗面所まで遠くなったので、
多分これまでどうりというわけにはいかなくて。
生まれて初めて
ティッシュケースを探したけれど、
ファンシーだったりチャチかったりで
しょんぼり。
桐のいいのとか、
インテリアデザイナーのそれは、
高くて易々と手が出る代物でなくて
がっくり。
手ぬぐいや大判のハンカチーフで包もう!
というのもあるようだが、
サイドのキャンディーみたいな
結び目がなんかショボくて
これまたしょんぼり。
車のヘッドレスト部分に
バンダナ巻くぐらいダサいではないか!
サイドの結び目さえなければ
手ぬぐいなら、
我が家のコンセプト、
「昭和のおばあちゃんハオス」には
願ったり叶ったり。
ちゃぶ台、文机、竹本棚と
ケンカしない。
というわけで、
同じ手ぬぐいメソッドでも、
ちくちく箱型にカバーを縫ってみた。
でも、
ティッシュカバーによくありがちの、
見えない底辺部分の
おさえゴムバンドがこれまた
生理的に気に入らない。
だから、
ぎっちぎちのサイズで採寸して、
ゴムバンドもつけない
ただのかぶせカバーにした。
でも本当はこんなの
臭いものには蓋なわけで、
本懐は、
無印あたりで、
無地のティッシュを作って欲しい。
写真が
弁慶格子柄ティッシュケース
カタカタとりあえず終了したので、
(上からノーの声があるかどうかは別で)
無心でチクチク楽しんだ次第。
アホちゃうかいな
数日前、
ストライクに参考になる
文献を見つけて
こんな本があるのか!と、興奮。
しかしながら、
古本屋の在庫にもない。
しかたがないから
昨日大きな図書館で、
複写に勤しんだ。
今日、
自分の本棚を整理していて、
その文献を見つけた。
半年ぐらい前に買って、
本棚の後ろの列にひっそりと
忘れ去られた存在と化していた。
自分のイイカゲンさにがっくし。
アホちゃうかいな。。。
これは零れ落ちる記憶の
氷山の一角のようで怖い。
いいように考えたら、
二度も興奮できてお得ではあった。
どれだけ参考にできるかが、
今後の課題。
むむむ。
本日の教訓は、
「棚卸は頻繁にしよう」。
「ちりとてちん」で我が振り直す
「ちりとてちん」を観ている。
鑑賞というよりも研究という名目で。
最近
クサクサすることが立て続けにあって、
母に八つ当たりしたことを思う。
数日凹んで今日から再起。
そしたら
捨てる神あらば拾う神ありで。
本当に欲しかったものではないけれど、
チャンスを与えてくれようとしてくれるお方に感謝。
いいもの創り出したい。
カタカタカタ。
クサクサしてたら、
どうにも洗濯がしたくなって、
カーテンも半纏もじゃぶじゃぶじゃぶ。
洗濯物すべてやりきって死にたい、
とは太宰の「女学生」の主人公の言であるが、
私も同感である。
でもその場合、
そのとき身につけている衣服は
どうしようかと思い悩む。
<最近の知恵>
この先の忘年会新年会は参加しない。
宴席というのが苦手なので、
のらりくらりとはぐらかしてきたが、
「明日茶会で。。。」
という言葉は効果大であることを
最近偶然にも発見。
本当のときも偽りのときも、
これからの人生そう言うことに決めた。
「しー」ですぞ。ここだけの話。
でも、
ウチで気の置けない仲間と
わいわいテーブルを囲むのは好きなので、
今後ともご招待したいところ。






