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十三夜

旧暦のお月見、十三夜なので、

白玉団子をつくった。


もうできたかな、もうできたかな、

しつこくいじくりまわしたので、

キレイなマルにならなかった。

べちょっとした白玉団子。


黒砂糖で黒蜜をつくって、

きなこをふりかけて食した。


十五夜に

なにもできなかったリベンジもかねている。


残念ながらおっつきさんはおぼろ。


日中は、

お世話になっているおっちゃんと会うた。


お昼ごはんは、

カマトロと穴子のお寿司ほかもろもろを

ご馳走になる。


お三時は

かねて行きたかったレトロ喫茶店で珈琲を。


おいしゅうございました。


ダンスシューズ(部屋履き)

可愛い。


母と娘じゃなくて、

母と息子じゃなくて、

これはダンゼン父と娘だ。


フィンランドのフェルトメーカー製





made by Huopaliike Lahtinen;

finished by Haraldin Kenkä


携帯メールのアドレス

ちょっとした契機に、

携帯メールのアドレスをはじめて変更した。


これがすこぶるいい。


これまで、

ちょろちょろアドレスを変えるひとを

冷ややかに見ていたが、

変えてみるのも悪くない。


アドレスを変えるというのも、

一種の改名だろうか。


なーなーなかんじで、

たいして知りたくもないのに、

ノリでアドレスを交換したひとが浮き彫りになるし、

最近ご無沙汰していた旧友にも

アドレス変更にかこつけてメールを送り、

会話が生まれる。


自分にとって本当に連絡を取る必要のあるひとが

誰か分かる。


余計な人間関係の、

消極的清算も込みで。


自分にとって連絡をとりたいひとであっても、

あちらがアドレスを変えていて、

メールが届かないケースが2件あって、

それはそれで悲しいけれど事実として受け止めよう。


一斉メールで変更を知らせるのが

どうにも好きじゃない。

よくそういうメールがやってくるが、

知らないひととCCでメールが来るのは

どうにも気分のいいものではない。


だから、

だいたい一軒一軒まわってお知らせしたものの、

日頃の交友関係の狭さ故、

10件ちょいぐらいで終わった。


本当に大切なヒトは10にんちょい、ってことか。。。


<備忘録>

ビジネスがらみで知り合った知人先輩には、

通常主にPCメールが主流なので、

とりたてて携帯に連絡するよりも、

後日改めてPCメールで連絡する予定。

毛布

毛布を買った。


ウチに毛布はなかった。


あるのは羽毛布団とタオルケット二枚。


それに湯たんぽ、オイルヒーターで、

冬を乗り越える。


だけど、

タオルケットじゃ、

せっかくの羽毛布団のぬくもりが逃げていくことに

気づいて気づかないフリをして数年。


ようやっと、

冬が来る前に毛布を入手。


気に入った柄になかなか出会えず、

今年になった次第。


花柄はガラじゃないし、

キャラものもカユい。

布団の場合はカバーをかければ、

どうにかごまかせるけれど、

(ホンマはそれすらもイヤ)

毛布ってなあ、

裸一貫で柄勝負だけに手強い相手。


北欧製のステキ毛布は高くて手が出なくて、

指をくわえる。


落ち着く先は、

無印のチェック柄毛布。


Made in China なのだけが気になるけれど、

今のところまずまず。


実は

祖父母の家にある

オレンジの毛布が実は欲しい。

昭和なかんじのいい柄なのである。

どこの国製か確認したうえで、

近い将来おねだりしたい。



画像が無印毛布

割引券で五千円ちょいで買った。



毛布

曲わっぱ

長いこと

曲わっぱのお弁当箱が欲しくて、

その欲望を転がして弄んでいた。


ネットで何でも買える時代だけれど、

一度はちゃんと作品を手に取ったことのある

会社のネット販売じゃないと

どうにも気持ちが悪い。


そんなわけで、

数年が経過。

そしてこの前、

京都大丸のエスカレーターにのって、

曲わっぱ欲しいなあとふと思い出していたら、

ちょうどエスカレーター降りたところで、

実践販売のおっちゃんがいた。


おっちゃん、

「これなんて長細いから、

エルメスにもヴィトンにも入るよ」的なことを言うから、

「私そういうのキライやねん」と返す。


おっちゃんなりの売り台詞だったようで、

ホンネをポロリ。

「俺だってホンマは嫌いや」と。


そんで意気投合。


山形から来た

このおっちゃんと2時間立ち話をして、

匠について聞き出す。


一般的には、

弁当箱に出すお金ではないけれど、

一生モンやし、

連絡すればいつでも直してくれるというから、

買ってしまった。


それからはうれしくて

意味もなくお弁当を作る。


お昼

家にいるときも、

前の晩ご飯が残ったらお弁当にして保存。


ご飯が美味しいったらない。

開けるたびにぷうんと秋田杉の香り。

もうプラスチックにはもどるめえ。


漆のにもいつかは挑戦したいけれど、

それはまた別の話。


<本日のお弁当>


曲わっぱ内


・麦と胚芽米ごはん

・仙台のミュージシャン兼農家の友人作、梅干

・浅草の姐さんが送ってくれたオーガニックのピーマン

(味噌塗りこんでオーブンで焼いてみた。)

・リンゴの水煮


曲わっぱ外


・自作レタスとあさりのスープ(ショウガすりおろし入り。)

・自作とろろと白ゴマ和え

・自作ラムレーズンをぶちまけたヨーグルト

(ラムじゃなくて、カルーア。

賞味期限がそろそろ気になったものの、

晩酌の気分になれなくてレーズンをフランベ。)





冬支度のちいさいモモちゃん

ちいさいモモちゃんの人形 に、

フェルトでスカーフを作ってかぶせた。


冬支度。


赤頭巾ちゃんみたくなった。


くろねこのプーも、

オオカミコスプレにしてみようかしらん。


ハロウィーン企画。



front



side

世界に自分しかいなかったら

よく、

世界に自分しかいなかったらいいなぁ、

楽しいだろうなぁ、

って思う。


妄想。


普通は、

世界に好きな人とふたりだったらいいなぁ、

世界に仲間だけだったらいいなぁ、

なんて思うのだそうで。


そんなこと、

おもったためしがない。



ひとりだったらどうやって生きていくのか、

食料はどうするのか、

といった夢のない横槍は母親から。


人間は、

一人でいるときに孤独を感じるのではなく、

大勢のなかでそれを感じるという。

シラーだっけ?

ゲーテだっけ?


だから、

ひとりぽっちだと、

毎日楽しいだろうなぁ、

なんて妄想ばっかりしている。




母のおにぎり

コンビニおにぎりは

美味しくないから買わない。


でも、

ひとがにぎったおにぎりも

気持ち悪くてあまり好きじゃない。


三親等以内の女性(年上)の

おにぎりなら美味しい。


それってなんだろう。


実家から帰る日は

母がおにぎりを握ってくれる。


大体複数あるから、

一個は冷凍して、

ここぞというときに食べる。

なんだか元気になる気がするのだ。


母とはケンカばっかりしているけれど、

母のご飯は好きだ。


というのはどうなんだろう。


おにぎり今日食べた。

おいしかった。

元気になった。


そういえば、

自分でおにぎりをにぎることがなくなった。


学部時代は毎日

おにぎりを握って学校に通っていたのに。


来週はおにぎりを握って出かけようと思う。







沢庵及銀杏的ニホイ

今日、

出先で沢庵か銀杏のにおいが

自分か自分の鞄からにおってくるという

幻臭に見舞われて、

集中できなかった。


靴の裏をみても、

銀杏を踏んづけた形跡はなく、

沢庵との縁は数ヶ月ない。


あれはいったいなんだったのだろう。


先輩に

「臭くない?私臭くない?」と聞いたものの、

そういった臭いはしないとの返答。


小腹が空いたら食べようとおもった、

リンゴのコンポートの汁が、

鞄にもれていたことと因果関係はあるのか。


でも、

くんくんしたけど、

それらしい臭いもせず。


とりあえず、

鞄のリンゴのシミをどうにかしよう。


せっせっせ。

京都バスにまつわる話

この数ヶ月、

京都バスについて思う。


集まりで会った、

京都へこられた知人が、

バスで会場までこられたようで。


  ぎゃーぎゃーと

  高校男子がバスのなかで騒いでいたけれど、

  降りるとき、

  「ありがとぉ」と皆言って降りる。

  そういうところが京都はいい。


まったく同じことに、

私も会場へのバスで遭遇して

感動したところだったので、

変なところで意気投合。


かたっくるしい会合のなかで

唯一の楽しい会話であった。


京都のバスは、

老若男女みんなちゃんと「ありがとう」を言う。


先週雨の日、

一乗寺から四条までバスに乗っていたら、

バス停の100メートル手前ぐらいで、

ダッシュしている高校男子がいた。


バスに乗っている私からみて、

明らかにこのバスに乗りたい様子。


そういうときにかぎって、

バス停にひとがあまりおらず、

彼を置いてバスは走り去るかと思いき、

運転手さん、

ちゃあんと彼をまってあげていた。


上賀茂神社から京都駅まで乗っていて、

降りる間際になって

5千円と一万円しか財布にないことが判明。


京都バスでは両替機は千円しか食べない。

かつて、

「5千円両替できる人いますか?」という

車内での運転手さんの掛け声を聞いたことがあったが、

降りる間際、しかも終点のこの場合、

どうしようかと困りながらも申告。


すると、

「今度乗るときでエエよ」と言われた。


早速翌日(前述の②の日)、

別路線で運転手さんに説明して、

ちゃんとお返ししておいた。


こういうパニック時にかぎって、

運転手さんのお名前の札をみるのも忘れたけれど、

京都バスの運転手さんは、

ホンマにいいひとばっかりである。


江戸しぐさが流行る昨今、

温情を京都バスに見る。



【余談】


個人的には、

京都バスの行き先が、

大抵神社仏閣なのが好きだ。


神社仏閣パトロールするとき、

行き先決められないときには、

適当に乗ったらどこかへいける。


という話を、

街に詳しい先輩上司にしたら、

「立命館大学行き」やったらどうする?

と意地悪く聞かれた。


そういう可能性もわずかにはある。


そんなときは、

途中で降りて歩いて、

金閣寺、わら天神、平の神社ってとこか。

それとも立命館の向かい、

堂本印象美術館にでも行く。


と言い負かす。