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師走の花御札

晦日は好きだ。

儀式的なことが気持ちを新たにしてくれる。


ウチではしないけれど、

晦日におからを炊く習慣が

京都にはある。

「借金をカラにする」との縁起担ぎ。



今日の儀式


・月暦をめくった

・暦のチェックした

・花御札を替えた



お昼からお稽古。

楽しい。


夜からコトコト・トントン。

楽しい。


リンゴの水煮とゆず茶を作る。


週二の割合で作るたぁ、

食べすぎだろうか。


やまと芋をすったら手が痒い。


カタカタは進まず。

あと二週間気長に閃きの神を待つしかない。

むむむ。

写真が師走花御札


椿は一番好きだ。

たとえ祖母が縁起が悪いと言おうと。

潔さが美しい。




というわけで、

朝の青汁をコレで頂く日々到来







ホームビデオ

最近自分の幼稚園のころの

ホームビデオを観てばっかりいる。


整理しなおして、

DVD化しようと。


改めて数十年ぶりに見て思うのは、

マメにとってくれた親は偉いということ。


そして、

ホームビデオは、

メインのシーンよりも、

余ったテープを

消化するために撮ったシーンのほうが

思い出深いということ。


つまり、

よくわからない幼稚園やら小学校、

旅行のシーンよりも、

そのあとの疲れきって家にいる家族のシーン、

普通の小汚いかんじの子ども部屋のほうが

懐かしく思う。


親の知恵でか、

風邪の振りしてか、

ひとり派手なベストを着ていたりして、

どこに自分がいるのか分かるけれど、

それでも見失ってしまったりする。


運動会もタラタラ子どもが踊っているのが

15分も続くのは苦痛。


でも、

普段のシーンは、

「お!今でもあのハサミ使ってる!」とか、

「あの文机でいまカタカタしてるではないか!」とか、

「あのキルト今でも持ってる!」


あの時ビデオをまわしている父と、

殆ど年は変わらないのに、

今の私の体たらくは、と思うと

若干萎えたりもする。


家族持ちのかたにいいたい。

ぜひともビデオは日常を

ダラダラ映したほうが

後々とても愛おしくなること

間違いない。

体をつくる食べ物

マクロビオテックの本を読んでいると、

「口にする食品があなたを作る」的なことが

ガシガシ書かれていて、

やっぱりそうだよなあとうなずいてみる。


もうずいぶん

インスタント食品には手を出していないし、

某ふりかけたらなんでもおいしくなるよ的白粉を

作っている会社製をはじめとする

冷凍食品も買わない。


郵便局にいったら憧れの方がいて、

紳士的であった。

この方、

見た目が祖父にとてもよく似ていて

抱きつきたくなってしまう。


私にも「閃きの神降りてこーい」と、

心で叫んでおく。


お米が切れたので、

近所のナチュラルハウスに買いに行く。

有機無農薬の山形の玄米と胚芽米。

イチジクを干したのも。


でも学部時代、

完璧ベジーになれなかったように、

完璧マクロビにはなれない。


でもそこらへんは、

コミコミで現代を生きるしかあるめえ。


お菓子もいただくし、外食もする。


京都タワー

京都タワーはいい。

京都タワーに登るといいことがある。


京都タワーがみえなくなるということだ。


というようなことを思い出していたら、

今考えていたことの閃きがやって来た。


西田幾多郎的開眼。


私のカタカタカタは、

日常に落ちているようだ。

そしてそれを見つけて拾うだけ。


でも、

それでいいんだと、

ここだけのはなし、

昨日のプレゼン聞いて改めて思った。


<冬の靴下>


ボロい。

母が数年前にくれた。


足首のところがユルユルなので、

就寝時に履くと、

朝にはもげているという

スグレモノ。


これがいよいよダメになったとき、

イチから新人を起用することを考えると

憂鬱になる。





使い切り

鉛筆一本終わった。


先端恐怖症なのと、

線の細い字がキライなのと、

筆圧が高いのとで、

そもそも鉛筆派なのだけれど、

久しく鉛筆でカリカリすることがなくなって、

テスト勉強もしなくなったから、

減り具合は低下。


4年前の試験勉強とのきに買った鉛筆が、

今日その役目を果たし終えてくれた。


鉛筆は最後まで使い切ること、

というのは終戦もののない時代に育った母の教え、

でも、

まさか私がここまで使い切っているとは、

思いもしないだろうな。


そんでもって、

ここまで使い切る意地の維持のために、

5000円のドイツ製補助軸を求めたということも、

思いもしないだろうな。


モノを大切にしてるのか、

ムダ使いなのか、

わけがわからないところはウヤムヤで。

気持ちの問題。


<本日のサヨナラ>

鉛筆:三菱2B






<本日のおやつ>

12月中旬までにカタをつけておくべきことが

全くはかどらず。

なのにお腹だけはイッチョマエに空く。

というわけで、

わらび餅粉でわらびもちを。

人様にお出しするのではないので、

ぐちゃぐちゃのどろどろで。

それをきなこと黒砂糖で

まぶして。


<本日の柚子>

近くの農家で1個100円で、

柚子を買う。

300円分。

そんで皮だけハチミツにつけて、

柚子茶を作る。

数週間後が楽しみ。





もはや

なんのおぼえがきかわからなくなったけれど、

おあとがよろしいようで。

途上国ホテル

朝7時ごろシャワーをしていたら、

お湯がチョロチョロになった。


もう暦の上では冬であろう。


今日もいいことあるかなー。

ヨッホーオー!


というテンションには

ただでもなれない朝の到来である。


そういえば11月1日に断水があって

水道管の点検があってから、

水の勢いが弱まったことは気になっていた。


もしかしたら、

環境を考えて、

建物全体で水の使いすぎを防ぐために、

栓がきつくなったのかな、

などと妄想していた。


そんなプロジェクトは

秘密裏には行われないことを知りつつ。


そして本日のシャワー。


こりゃあいよいよ管理会社に電話である。


「11月1日から調子はどうも悪いみたいですが、

今日とうとう朝のシャワーが、

発展途上国のホテルのシャワーになりました」


と伝えた。


笑いをかみしめながら、

対応しているのが分かったが、

これが本当に現状を表現するに

ぴったりの水道の状態だったので、

そう言ったまで。


でも、

状況説明をタラタラするより、

いっぱつで通じた。


そのあと、

他の部屋にも連絡したら、

みんな洗濯機の水が途中で出なくなったり、

イロイロあったらしい。


みんなも

エコプロジェクトだと思っていたのだろうか。

そんなことあるめえ。


うちで最初になにかあったら

いつも連絡するの私のようである。

クレーマーみたいでヤだけれど、

住居者としての義務と権利と考える。


正午頃、

水道の人が来て直してくれた。

こういう業者をなんとかのひと、

と呼ぶのは知能が低いのだろうか。


大学時代にこの呼び方を身につけたことを

今ムショウに思い出して懐かしくなる。


ねずみのひと(ネズミ駆除業者)、

壁のひと(壁の断熱材業者)、

オイルのひと(セントラルヒーティングの管理会社)。


「今日ねずみのひとが来るから、

早く帰るわ」

と言ってクラスを去ったのを思い出す。

ねずみのひとって。。。

とのツッコミを背に。


結局、

原因はやっぱり1日にあった断水のときの

業者の手違いみたいで。

全館元通り直った。


やれやれ。


<季節のおぼえがき>


本日、

ボアのシーツを出した。

羽毛布団のカバーもパイル地のに変えた。

母の鍵編みひざ掛けとタオル地ひざ掛けを出した。


湯たんぽはまだ。

花御札

月が新しくなったので、

花御札(ハナミフダ)を替えた。


平安神宮でお受けする御札である。


毎月の花が描かれている。

全部で12枚。


霜月は南天である。


あやかって、

ふりそそぐ難を転じて福としたい。


神無月はこちら




霜月はこんな具合




アップ





汁の難点

曲わっぱを買ってから、

お弁当がおいしい。


冷凍食品は苦手なので、

使わない。

曲わっぱは小さいから、

冷凍食品がなくても、

どうにかおかずを

切り盛りできるのでうれしい。


曲わっぱは、

木の香りがいいけれど、

密封しないので、

汁物のときには気をつけなければならない。


この日も、

ひじきの汁がこぼれていた。

バスのなかで

鞄をヨコに倒して抱えていたのが敗因か。


そんなワケで、

私の鞄のなかは汁跡で結構汚い。


 リンゴ煮の汁跡、

 筑前煮の汁跡、

 きなこ(ヨーグルトに入れようと持ち歩き)


こぼすことは防げないタチなので、

そのあとのお掃除に力を入れるので

鞄よ許して欲しい。




10月31日のお弁当


父が北海道物産展で買ってきてくれた

イクラがメイン。


前の日に味見したら食べ過ぎて、

お弁当にぎっしり分はなくなったのは、

なかったことに。





今日のおひるは

とろろとアボカド丼だったので、

さすがに曲わっぱに盛らず。

免許書き換え

免許書き換えに行った。


日本で始めての書き換えである。

というワケで、

はじめてさんのクラスに組み込まれた。


危険な運転をするぞこうなるぞ!

的啓蒙DVDを観た。


こういう授業はキライではない。


教室間違えて遅れてくる男子や、

内職をして注意される女子がいて、

なんだか中学時代みたいで面白い。


私は、

もちろんど真ん中の席について、

講師の話に聴き入っていたら、

なんだか講師とのアタッチメントが

二時間の間に築かれ、

巻物をしていたら、

「ここ寒いか?」と聞いてくれたり、

同意を求められたりと、

やたらにイジられた。


でも実は、

真剣にきいてるフリをして、

脳内で妄想をする二時間であった。


最悪の事態をモザイク入りで、

リアルに観せるよりも、

もっといい交通安全対策があるのではないかと

妄想していた。


たとえば、

花屋で売れ残った、

枯れに向かう手前の花を下取って、

辻々に置いてはどうか。

もしくは、

子どもが使い古したぬいぐるみを

辻々に。


闇に「ここで事故がありました」的

フェイクメッセージである。


そうしたら、

地道にみんな減速したり、

ちょっと気が落ちたりで、

安全運転するのではなかろうか。


要なのは、

この対策を極秘裏に、

マスコミPRなしで

日本交通安全協会あたりに

遂行してもらうということである。


草の根に、

まずは私が始めてみようかと、

家の前に家で咲いた花を置いてみるかと言ったら、

両親に止められた。


ちぇっ。


この手のブラック自己満足な善意行為って、

10歳のころに狂おしいほどにハマっていた、

宗田理の小説『ぼくら』シリーズっぽいなあと、

久しぶりに思い出す。


団塊臭のする熱い中学生に

やたらに憧れていた。


書き換え終わったあとで、

下鴨さんで

交通安全のお守りをお受けして帰る。


避難袋

昔友達にもらった

ホーキンスのリュックサックがある。


なまじ友達にもらったから、

そのときすごく嬉しかったから、

思い出と品物を

捨てるに捨てられなくて、

もてあましていた。


というのも、

リュックにスーツという、

健康重視のひとを巷でみるけれど、

これジャケットに良くないということを聞いた。


伊達だ酔狂だと、

肩の健康を無視して、

最近はもっぱらブリーフを愛用。


トートバッグもリュックもお蔵入り。


というわけで、

このリュックで避難袋を拵えることを思いつく。


  ガバガバしてた二軍タオル

  飽きた下着

  穴はあいてないけれどくたびれた靴下

  懐中電灯

  防寒保護シート

  ビニール袋

  サロンパス

  絆創膏

  二軍眼鏡

  二軍Tシャツ

  アドレス帳

  手動ラジオ

  家族写真

  文庫本『人間失格』


を詰め込んだ。


必ずしも自宅にいるときに

被害にあうとは限らないので、

避難袋なんて作らずにいた。


売ってる避難袋ってダサいし。

(無印良品のはちょっとキュートだけど、

欲しいほどの魅力はなくて)


だけど、

ホーキンスのリュックなら、

玄関脇のスキマにおいてもガマンできる。


ちなみに、

普段の鞄には、

いつも笛を入れている。


元上司と一緒に働いていたとき、

ある日、

机から笛を出して、

被害にあったときに吹けと私に与えてくれた。

「こうしてふきたまえ」と、

見本を見せてからくれたので、

気持ち悪くて丁重にそれはあとでコッソリ捨てて、

自分で100円のドラえもんの笛を買って、

鞄に忍ばせている次第。


善意を無視する私って悪人?


ともかく、

阪神大震災と911を経て、

怖いことは突然に

やってくるのだと思って生きている。


ちなみに

非常袋作りでテンションがあがって、

非常食用に買ってみたグリコを、

「ためし」と言いつつほおばったら

ことのほか美味しくて、

結局食べきってしまったことはウヤムヤに。


でも、

この避難袋も笛も使わないことを願う。