昨年12月上旬に

先輩たちに初めて連れて行ってもらった

お初天神近くのお店。

高校は違うけど1つしか歳が変わらない

同郷の気さくなマスターが切り盛りされている

カウンター10席だけのBAR。

その後、似たメンバーで今年再訪した際、

マスターは諸事情のため

10日後には店を閉めて帰郷されるというお話を伺った。

仕方のないことですが

せっかく通いたくなるお店を教えてもらったのに

わずか3回しかいけなかったのは寂しい限り。

 

もちろんその寂しさは

マスターご自身が一番にお感じになっていて

店を閉めるだけでなく

30年近く住んで慣れ親しんだ大阪を離れるのは

たとえ帰郷とはいえ相当な決意だったそう。

 

遠きにありての望郷の念、

でも帰郷してしまうと

長年住んだ街を第二の故郷として

事あるごとに思い出してしまうのではないかなあ。。。

 

どうぞお元気で。

いつの日か皆さんと再会できるといいですよね。

 

 

 

 

 

もうひとつのお仕事で林道を車で走行中、

前方に見えた枯草の吹き溜まりから

2羽がバタバタと樹上へ移動したのが見えて

「もしや?」と車中から双眼鏡を覗くと

アオバト王子ぢゃあ、あ~りませんかっっっ。

Japanee Green Pigeon / Treron Sieboldii /

緑鳩(アオバト) / この個体はオス

 

いまから15年前のちょうど今ごろの2003年2月に、

神奈川県の大磯町で

私のそれまでの価値観をガラリと変えてくれるような

素晴らしい調査グループとの出逢いがありました。

 

そこから大いにアオバトに注目し、

2004年は関西の大阪近郊におけるアオバトについて色々調べたりして

2005年には大阪に住む人間(私達)が

京都御苑で調べたことを

某野鳥団体の神奈川支部の研究年報に論文を提出し

二府一県を越境をして横浜で発表したこともありました。

 

そのときの私はとても稚拙で(いまもですが)

大勢の皆さんに助けていただいて

ようやく書けた「なんちゃって論文」でした。

が、掲載された2005年の研究年報は完売してしまい

もう新たに取り寄せることはできなくなりました。

私が持っていた中刷りも親しい人に渡してしまったので

なんとなく過去のものになってしまったような気もしますが

アオバトは私の中で、今も変わらずずっと

特別な思いを寄せている鳥に変わりはありません。

 

 

 

 

 

傘を忘れた次の週、

預かってもらっていたお店へ受け取りに京都を再訪しました。

御礼の意味も込めて(?)そこでしっかり食事もいたしました。

 

その帰り、少し時間があったので街を歩きましたが、

京都の錦市場も、インバウンドの大盛況により

東西の長い路を埋め尽くすほどの外国人観光客で

ものすごいことになっていました。

感心したのは

商店街の皆さんのジャパニーズ・イングリッシュ。

若い方のみならず、

いわゆるオッチャン、オバチャンの世代の方も

きっと努力されたのでしょうね。

シンプルな表現かつ多様な語彙力とパワーのある声で

食べものの種類や味の説明もしっかりされていて、

聞かれたことにも即応されているのでビックリでした。

(もちろん外国語に強い即戦力となるアルバイトさんを

雇っておられるお店も多々あったようですが)

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さて。

そもそも傘を忘れたその前の週は、

読んだ小説のネタ元が気になり本能寺へ立ち寄っていたのでした。

『鴨川ホルモー』のスピンオフ短編集、

『鴨川六景』の最終話の『長持の恋』における登場人物を探しに。

‘なべ丸’と‘なべ丸の弟’って、この碑に記されている

柏原大鍋と、柏原小鍋のことじゃないか、と噂されていたのですが

この目で確かめてみたいなあ、と。

ありました。鍋は2人だけ。

信長は、あだ名をつけるのが大好きで

女子(おなご)や小姓に台所用品の名をつけていたとのことだったので

(なぜ台所用品なのかについて掘り下げて書物を読んだことはないので割愛)

この二人もきっと信長さまに可愛がられていたのでしょうなあ…と。

お兄ちゃんと弟だったのかも不明。

本能寺の変については謎が多すぎて、おいそれとは語れませんが。

 

この門前町はこれまでも何十回と歩いていましたが

この日、この碑見たさに本能寺を訪ねたのは初めて。

本当の本能寺跡の場所は別のところだそうですが

はともあれ、お邪魔いたしました。