投稿者名  :佐藤 恵子 様

投稿者メール:〇〇


受講カリキュラム:ミロス体感講座 

受講日:2023-02-11

掲載について:プライバシー保護の為仮名で掲載しています。

内容:

体感講座ありがとうございました。

体調を崩していたのでカメラオフで横になりながらの受講でしたが理解という気付きを得たのか最後の名倉講師の言葉が心に響き涙が溢れてきて受講後も感情が止まらなくずっと泣いてました。


その後少し落ちついて床から起き上がり椅子に座りながらぼっーと海を見ていたら

私の人生の物語をシステムに当てはめて感じる体感がおきてきて 私がなぜいつも無意識に頑張り倒れるかが理解できてきました。


私は幼少の頃虐待を受けたこといつも泣いてる写真 母が身体が弱く祖母から虐められていてそのストレスで私に虐待と言う形で苦しさを出していたこと


そして父親も10人兄弟の真ん中で家を継ぐことになり小学校卒業と同時に働き兄弟の面倒を見ながら祖母からの虐めに父親もストレスからの私たち子供にあたると言う関係性


私は幼少の頃精神がおかしくなり入院をしていたと聞いていたので虐待をされた記憶はあるのですが痛みは消していました。

ただ攻撃を受けるとやり返すと言う強烈な反抗心みたいな強い所はあったのと 虐めに合っている人を見たりすると強烈に助けたいと言う思い あと虐待の映像とか戦いの映像を見れない 男性やキツイ女性が苦手怖いと言うのを持っていました。


私が小学生になる頃から祖母は叔父の所で住むようになり そして7つ上の姉が私にはいるのですがその姉が私が三年生になると家から出て働くようになり

それからは私と父母の3人で暮らすと言う10年間が私にとって一番幸せな時だったと感じていたのです。


身体が弱かったけど優しい母だった

父も仕事を自営業に変えてからそんなに怒る人ではなくなり優しくなった

ただ姉の存在はずっと私にとっては嫌な厳しい悩みの存在でした。

姉がいなかったら私はもっと幸せだったと感じていました。


姉と母を何とかしたくて宗教に入った経緯もあります。そこから新たな苦しみを体験したのですが。


私は母が身体が弱くて祖母から虐めにあってたので恐らく無意識に弱い自分を嫌い強い自分を演じるようになっていったんだと気付きました。

勉強も得意ではなかったのと恥ずかしい思いをしたことでなんとかみんなに頑張ってついていかないとと 熱が出るくらい頑張ってました。


そんな中でも祖母と暮らさなくなってからの母はストレスがなくなりとても優しくなり私にとっては母親の存在が一番で話を聞いてくれる母が大好きでした。

その母を亡くした寂しさ欠乏感を無意識化に隠して人生生きてきた事に気づいたのです。


その事に気づいた瞬間また涙が土豪のように流れ出してまるで子供のようにお母さん~お母さん~となんで死んじゃったの~って泣き叫びました。


トルコシリアの震災で家族を亡くした人たちが泣き崩れてるのを見ていた私は その状態と全く同じ様に泣き崩れている私を私が見ている体験をしたのです。

 

私は母の死があまりに辛くて意識から消していたんだとはっきり夕べの体験で気づきました。


私は6年前に亡くなった父とはいつも一人の時に会話をしていたのですが母とはなんで私話さないのかなあと思っていた理由が

母を亡くした喪失の傷があまりに大きかったからずっと消してたんだとわかりました。

父親はとてもしっかりしていてなんでもできて私は父を誇りに思っていました。


そして私の娘次女は4人目の子供が2歳の娘女の子なのですが 次女と2歳の孫が仲良くしている姿を見ると何かモヤモヤしていた理由が 私も小さな時母親との愛を求めてたんだと理解できたのです 私もあんなふうに甘えたかった。


私は自分の中の母を女性性を消して男性性だけで無意識に頑張ってしまってたんだと理解できました。


そしてもう疲れたの~何もできない~還たいこの身体では生きていけないって泣き叫びひとり部屋の中で崩れてそのまま眠ってしまいました。

今朝起きたら目が腫れ上がり頭はぼっーとしていて思い出しただけでまた涙がでる

どれだけの悲しみが私の中にあるんだと感じていたら急にまた長女からLINEが来たのです。


彼氏から婚約指輪を貰ったと?写メつきの

赤い箱に入ったダイヤ?の指輪

来月挨拶に二人で行くからよろしくねって


私はそのLINEを見て 急にしっかりしなくてはと長女が今年は結婚するんだ

泣いてたらダメじゃないと私が私に言いました。

長女の子供を見てからでないと死ねないじゃないって

悲しみと喜びは表裏一体同時に存在するって聞いてましたがこれを体験したのかなとそんな感覚になりました。


体感講座は本当に身体で感じる体験でした。

今この文を書きながら改めてシステムの凄さ体験し

自分では決して気づくことができなかった傷を見て理解と言う実践ができたのかなと


見る時はとても辛くて苦しい感情も体験しましたが今も思い出しながら書いてると涙が溢れてきますがしっかりマイナスを感じきったから

そのご褒美としての長女からの婚約指輪のメッセージだったのかなと感じています。


これからは私の中の母を大切にしながらそして私を大切にしながら本来の自分で生きていこうと思います 長文になりましたが体感講座ありがとうございました。


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