お風呂からあがり、散々はしゃぎ遊んだ。

キャアキャアと、大騒ぎ。

やっと眠たくなってきたか、パイを探す。

ペタペタと近づいてきて、おもむろにパジャマの首もとから手を入れる。


ちょっと試しに、
「ぱいぱいいたいいたいだから、今日はだめかも。」
と言ってみた。

「いたいよう。」
と、パイを撫でる。

娘は、いぶかしい顔。


…おや?


母も、
「ママぱいぱいいたいって。ないないしようか。」
と、参戦。


娘は、うらめしげに乳首を両指でつまみ、クニクニしている。


…おやおや?

何度か繰り返すうちに、乳首をつまんではぶつぶつ言い、口を近付けては、やめた。


かわいそうな嘘。
申し訳ない。

ちいちゃな頭で葛藤している姿を見たら、なんだかかわいくて、でもかわいそうで、母と目を合わせて二人情けなく笑った。


ぶつぶつは、次第にぐずぐずになった。

ぐずぐずしながら、怒って反り返ったり、乳首をつまんだり、して。

仕舞いに、泣いた。

眠たい時くらいしか本気で泣かないのに、そんな感じでウワァンと泣いた。

パイを目の前にして、絶対飲まなかった。


「ごめんね、撫でなでしてくれたら治ったみたい。ありがとう。もう大丈夫、大丈夫。」
と、パイを差し出した。

「ありがとうね。」
何度も言う。


そのたびに乳首に向かってぶつぶつ言ってから、恐る恐る、パイをくわえた。


わかるんだ。

もう、いろんなことがわかるんだね。


こんな嘘は、精神的に良くないし、本当に申し訳なく思った。

でも、こんなちいちゃな体で、頭で、色々承知している。

そんな成長を知った。


少しずつ、語りかけて、納得してもらおう。

一筋縄ではいかなそうだけれど、とりあえず、このしわんしわんのパイと、時間と、寝返りと。
それ意外にも色んなものを。
捧げる覚悟はもうとーっくの昔に、できていた。


「ぱいぱいもういらない。」

娘から言うなんて、夢の話だけれど。


いつか私に返還される日を想像しつつ。

今夜も軋む背中で添いぱいを、する。

旦那さんが、
「おれも。」
と言ってくれたので、甘えて乗せて来てもらった。

実家。


朝早く出発し、オーケーに寄る。
今回の手土産は、日常のもので。主婦同士だからわかる、そんな感じ。


途中、お昼を済ませる。

ここ何日も、異常に甘いものが食べたかった。
パフェか、最中。

悩みに悩み、決めたのは抹茶あずきパフェ。

二兎を得た。


到着し一息ついたら、どこか出かけようかということになった。

老若男女揃った我らの選択肢は。ららぽーと。

また?
また。


老若男は、カフェへ。
老若女は、買い物へ。

途中、
「自転車やさんへ行きます。」
「くまざわ書店へ行きます。」
と、メールがはいる。


滅多に滅多にこんな場所へ来ない父。

おのぼり感まるだしの義理の父を引き連れ、人混みの中うろつくのは本当に大変だったろう。


何度か電波でやりとりするうちに、小一時間が経過し、ほどよく疲れたところで無事合流した。

「なんかいいものあった?」

ぶんぶんと首を振った旦那さんから、白いビニールを渡された。

グミだぁ。
いいの、あったじゃない。

お土産に買ってくれたんだ。

にんまり。


父は、物産展で見つけた北海道の限定カップラーメンを購入。

まんまと物産展に目を輝かせるなんて、なんて単純なんだろう。


早め早めが良かったのか、渋滞もない帰り道。

で、夕飯。

『たまには変わったものを。』という全員の希望もむなしく、情報に乏しい我らは、いつものパスタやさんで、いつものパスタを食べた。

結局、そういうものだ。

ちょっと悔しかったから、ピザは、違うのにした。


朝、旦那さんが帰宅。

なんだか、ちょっと、さみし。


洗濯を終え、トントンとまな板と向き合う。

また父のお話が始まる。
長くなりそうだなあと、適当に受け流す。


髪を短く切り過ぎたそうだ。
ふむふむ。

灯油を入れるか迷っている。
ふむふむ。

宝くじを当てて、自転車を買いたいそうだ。
ふむふむ。


「初任給は?」
新人の彼に、くすくすと笑いながら、訊ねた。

そんな話から。


リタイアした父は、再就職の初任給で、母にワインをプレゼントしたことを聞いた。

父が。

「何がいいか、わかんなかったんだよな、でも、ワインなら毎日飲んでるし、あっても困るもんじゃないしさぁ。」
と、気まずそうに言い訳する。

口下手で、女性が苦手なぶきっちょな彼が。


昔むかし、私たち夫婦が実家へやって来た時のこと。

母が、
「指輪のひとつもくれやしない。パパから何かもらったことなんて、いーっかいも、ないわよ。」
と憎まれ口を叩いていた。

「ま、別にほしくもないけど。」
皆で笑った。


そんな昔のことが、頭をよぎった。


母は。

「こんな高いの飲まないのにっ。」
と、ぷりぷりして、
「でも、ありがとね。」
と、素っ気なく言った。
そうだ。

なるほど。

なるほどなるほど。


いいじゃん、絶対嬉しいよ。
じいじ、優しいねえ。
その気持ちが嬉しいよ。
絶対喜んだねえ。

精一杯の感想を伝えた。


まだ「じいじ」と言えない娘は、「シィーシィー」と、空気を漏らしていた。


なんだか、よかったな、と思った。


旦那さんにも。

1日。
いや、実質、たった数時間の義理両親とのお付き合い。

それでも、芯から疲れただろう。
本当にありがたいと思った。


仕事終わりの母を待つ車内で、ふと、結婚してから出産までの二人を振り返った。

少しずつ。

自分でも気づかないくらいゆっくりと、自分の居場所を築いているような気がした。


帰ったら、好きなご飯を作ってあげたいな。

そんな気持ちになった。
「あらやだ。ほつれちゃった。」
「…どうしようかしら。」

「…ぼろぼろ。…まあ、いっか、も少し履ける。」


「何ぶつぶつ言ってるのよ。」

と、睨み付けたその手元には、私のおパンツ様がいた。

人差し指でぴろぴろとほつれた糸を触っていた。


ぎゃあ、と慌てて奪い取る。

私の、秘蔵の、年代物のおパンツ様。


下着は上下セットが好きだったけれど、妊娠してパイが道具と化してから、そうも出来なくなった。
専用ブラが必要となり、すっぽりとお腹を覆うショーツが必要となり、マタニティー専用下着を組で購入した。


今やショーツは普通サイズになったものの、授乳ブラと組み合わせる気にもならず有り合わせで済ませていた。


ド派手な花柄のナイロンのそれは、くたびれたを通り越し、ただの布となっていた。

ほつれたというより、辛うじてパーツが繋がっているような、三角の布たち。



実家からの帰りを心配し、途中まで迎えに来てくれ、更に洗濯物を畳むのを手伝ってくれた旦那様。
そんな優しさもはねのけ、おパンツ様を奪い取った。


「私の秘ぶつを見たわね。」

誰にも見せられないそれをくしゃくしゃと丸め、引き出しに仕舞う。

まだ、履くつもりか。


パイは、とうぶん続きそうだ。

色々諸説あるけれど、ひと泣きして、パイをくわえ「ふぅ。」と落ち着く彼女を見ていたら、納得するまでどうぞという気持ちになってしまった。

依存?
かわいそう?
うむむ。



…ということは。

私のおパンツ様も、しばらくは。。


上下セットの下着も、夜の安眠も、寝返りも、暫しお預けだ。

もう少し。

すべては自分なりに答えが出せた時、また考えよう。


さて。
今日は朝シャワーを済ませた。

クリーニングへ行き、ちょこっと買い物をした。

夕飯はとりだんご鍋。

少しだけゆったりした時間を過ごそう。


ふがしは意外ととてもおいしかった。